スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

安倍政権のすべてに反対する

自分は「左翼」だとは思っていない。
天皇を尊重するこの国が好きだし、日の丸も君が代も自衛隊もあっていいと思う。
安倍独裁政権
しかし、安倍政権が登場し、その国家主義的な思想をベースに、数を頼んで国会を強引に動かし、立憲主義をないがしろにするのを見て、今この政権のなすことすべてに反対している。あまりにこの政権は極右で危険である。むかしの自民とは全く違う。言わば安倍独裁政権である。

安保法の強行採決 ナチの手口
その政治手法がまた国民を愚弄している。
選挙の時は経済政策を訴え、数を勝ち取ると本音を出し「国家秘密保護法」を制定し、「集団的自衛権」の容認を閣議決定し、「戦争法」を強行採決してきた。今度はいよいよ彼らの本丸である「憲法改正」に手をつけようとしている。

麻生ナチス
「ナチスの手口を学んだらどうかね」とは麻生の言葉だったが、冗談だったとは思えない。ある意味「合法的なクーデター」だと思う。

そして、その支持母体である「日本会議」のことをなぜマスコミはもっと報道しない??

彼らは、先の戦争は自衛戦争だったとし、敗戦処理、いわば「東京裁判(極東国際軍事裁判)」を認めない。「日本国憲法」は勝者アメリカからの「押し付け憲法」だと軽蔑し、「明治憲法」の復権を目指す。時代錯誤も甚だしい。

そして戦後70年間、この憲法の「平和主義」によって世界的に信頼を得た平和な国日本をぶち壊すどころか、「基本的人権」や「国民主権」まで葬ろうとしているのだ。

国民は果たして彼らの「日本国憲法改正草案」を読んでいるのだろうか。おそらく百人に一人も読んでいないだろう。メディアもあまり取り上げない。簡単に言えば「国民あっての国家」ではなく、「国家あっての国民」だから、国民は国家に従えという憲法だ。

日本国民よ。それでいいの?彼らの暴走を甘く見ているのんきな国民よ!
きっと戦前の日本人もこうだったのだろうか。

ある日突然、菅官房長官がこう発表するよ。
「本日未明、安倍総理大臣が緊急事態を宣言し、中国と交戦状態に入りました」と。
悪夢以外の何物でもない。

何も大げさではない。軍靴の音は一歩ずつ一歩ずつ聞こえてる。だから日ごろからそちらの方向に一歩も近寄らない心構えが必要なのだ。

平和は軍事力では保てない。外交努力と民間交流だ。平和憲法の下、それをやってきたではないか、戦後日本は。
スポンサーサイト

こどもたちの未来のために

120505_supermoon04.jpg
120505_supermoon05.jpg

2012年5月5日こどもの日、この日を永遠なものにして欲しい。

"原発ゼロをスーパームーンが祝った日"

テーマ : 時事ニュース
ジャンル : ニュース

Dark Circle

30年前から警告されていたのに・・・

Dark Circle from koba on Vimeo.


▲1982年のアメリカ映画。サンダンス映画祭・国際エミー賞受賞作。 1980年代、世界的規模で保有されるプルトニウムの驚異を、女性作家のアーヴィングが綿密な取材と多くの資料をもとに作り上げたドキュメンタリー。

テーマ : 政治・経済・時事問題
ジャンル : 政治・経済

原子爆弾(11)カウントダウンZERO

少し難しい話ばかりになった。

では、なぜ核廃絶が必要なのか、理屈抜きで簡単に分かる方法をお教えしよう。

この映画「カウントダウンZERO」を観ていただきたい。

header1.gif
header2.gif

衝撃的だ。

だが、この原子爆弾シリーズを読んでいただいた方には、この映画の本当に意味する所が、よく理解していただけると思う。

「ゼロ」がいいに決まっている!! ゼロ!!!

countdown0.jpg
▲28日長崎原爆資料館ホールで行われた特別試写会であいさつされる中村明俊館長

テーマ : 世界恒久平和を実現しよう
ジャンル : 政治・経済

原子爆弾(10)核廃絶への道

では、私たちは何をなすべきか。
核の話なんて、個人の力じゃどうしようもないではないか?

いや、国を構成しているのはあくまで個人。そして主権は国民にある。
国民一人ひとりが核廃絶の考え方をしっかり持っていれば、国として道を誤るはずはないだろう。

長崎市名誉市民で長崎大学元学長の土山秀夫氏は、最近出版された論文集「核廃絶への道」の中で、「被爆地として取り組むべき課題」として、私たちがなすべき道を示してくれている。ぜひ読んで欲しい。
 (土山秀夫氏は現在、「世界平和アピール七人委員会」委員。長崎平和宣言文起草委員。核兵器廃絶ナガサキ市民会議代表など)

 日本の外交方針は、依然として「武力には武力で」とする冷戦思考から抜け出しきれないでいる。北朝鮮や中国を”脅威”としてあげることによって、米国の拡大抑止の継続を求め続け、もしその保証が得られないようであれば、自らの核武装化さえ口走ったりする。つまり二者択一の硬直した姿勢にとらわれ、平和憲法の理念に基づいた多国間交渉に活路を求めようとする積極性に乏しかった。
 これに対して私たちが求めようとするのは、”脅威”と目される国々をも組み込み、しっかりした検証制度と法的拘束力をもった安全保障体制の構築である。


そして以下のことなどを具体的に提言している。

核兵器禁止条約(NWC)の早期採択
 2015年NPT再検討会議へ向け、この条約の交渉を開始させる必要がある。
 被爆国日本のもつ政治的影響力は大きい。これまでのNWC投票時の「棄権」という態度を捨てて、「賛成」に回ることは勿論、積極的に核保有4カ国(例年反対を続ける米ロ英仏)の説得に乗り出すべきである。

・「北東アジア非核地帯」の実現
 韓国と北朝鮮による「朝鮮半島の非核化に属する共同宣言」と、日本の非核三原則および原子力基本法とを活用して朝鮮半島と日本を非核地帯とする。これら三カ国に対して核保有国である中国、ロシア、米国の三カ国は核攻撃を行わないことを議定書に盛り込んで、北東アジア非核地帯構想を締結する。結果として日韓ともに”核の傘”から脱却する。この構想はいまや日韓の超党派議員を巻き込みつつ、次第に現実化への道を歩み始めており、被爆地の私たちにとって日本政府のリーダーシップを求める重要な課題であることは疑いない。


 南半球はすでに非核兵器地帯である。北東アジアに非核兵器地帯を!
 →ピースデポが提案する3+3(スリー・プラス・スリー)非核兵器地帯構想

 >続く

テーマ : 世界恒久平和を実現しよう
ジャンル : 政治・経済

原子爆弾(9)世界の反核運動

 世界にも勿論反核運動はある。そして軍縮に努めようとしている。しかし各国のパワーバランスの中でもがき苦しんでいる。

110820_shoheki23.jpg
▲世界の反核運動・軍縮条約
 1955年7月 ラッセル=アインシュタイン宣言
    8月 広島で第1回原水爆禁止世界大会開催
 1957年7月 世界の科学者によるパグウォッシュ会議開催
 1959年12月 南極条約調印
 1963年8月 米英ソ、部分的核実験禁止条約(PTBT)調印

110820_shoheki24.jpg
▲日本の願いはどこまで届くのか
 1968年7月 米英ソ、核不拡散条約(NPT)調印
 米ロ英仏中の核兵器国と非核兵器国に分け、核兵器国は軍縮努力、非核兵器国は製造・取得禁止をうたうが、核兵器国の既得権を認める逆効果がある。
 1970年4月 米ソ、第一次戦略兵器制限交渉(SALT1)開始

以上のように、アメリカとソ連による東西冷戦時代(1945-89)、「軍拡」に歯止めが必要となり、様々な条約や交渉、平和会議がなされてきたが、「核均衡」「核抑制」「防衛」「戦略」という名目で、最終兵器・核兵器は中々なくならなかった。

 1989年冷戦終了
 1991年米ソは第一次戦略兵器削減条約(START1)を締結。2010年に第四次を調印した。
 1996年包括的核実験禁止条約(CTBT)国連採択。しかし未発効。臨界前核実験は禁止対象外。

そして、

 2009年、オバマ大統領はチェコのプラハにおいて「核兵器のない世界」を目指すことを宣言した。同時に核兵器を使った唯一の国としての道義的責任にも触れた。勿論長崎は歓迎した。

しかし、その希望の星オバマも国内事情で停滞している。共和党との妥協からか先日、臨界前核実験を行った。

 >続く

テーマ : 世界恒久平和を実現しよう
ジャンル : 政治・経済

原子爆弾(8)長崎平和宣言

長崎は核廃絶、世界恒久平和を訴え続ける。

110820_shoheki21.jpg
▲長崎市の平和活動
 1945年11月23日浦上のカトリック信徒、浦上天主堂の脇の広場で原爆犠牲者合同慰霊祭を行う

 この慰霊祭で永井隆は「浦上は神に選ばれた。われわれが、みんなの苦しみを引き受けたのだ。みんなに代わって犠牲を引き受けたのだ」と弔辞を読んだ。
 浦上の丘で、永井の読み上げる弔辞を聞きながら、信徒たちは激しく泣いたという。
  (参考)浦上燔祭説

 1948年8月9日「ノーモア・ナガサキ」と宣言
 1949年初めての平和宣言が全世界に放送される
 1952年8月9日の行事を初めて「原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」との名称を採用。ちなみに長崎は「祈念」、広島は「記念」を使う。
 1955年4月原爆資料館の前身である長崎国際文化会館が開館(写真)

110820_shoheki22.jpg
▲1955年8月長崎平和祈念像完成(長崎県南島原市出身の北村西望氏作)

以来、長崎は「長崎を最後の被爆都市に」と、事あるごとに世界の恒久平和を目指し、訴えてきた。

8月9日の平和祈念式典で市長が読む「長崎平和宣言」は、市民から選ばれた起草委員によってその時代を踏まえ入念に起草される。ちなみに広島は市長個人が草案する。

今年の平和宣言をもう一度、じっくり読んで欲しい。→平成23年 長崎平和宣言

 >続く

テーマ : 世界恒久平和を実現しよう
ジャンル : 政治・経済

原子爆弾(7)懲りない世界

人間とは、自ら体験をしない限り、理解できない動物なのだろうか。
だったら被爆を経験してみるがいい・・・とは言えない。今度あったら、必ずや人類の滅亡につながるであろうから。

広島に原爆が投下されたと聞いたアインシュタインは衝撃を受け、「我々は戦いには勝利したが、平和まで勝ち取った訳ではない」と演説する。そして遺言のごとくラッセル=アインシュタイン宣言を残し、核廃絶・戦争の根絶・科学技術の平和利用を訴えた。

 私たちはこの会議(後のパグウォッシュ会議)を招請し、その会議を通じて世界の科学者たちおよび一般大衆に、以下の'決議'に署名するよう勧める。
「将来の世界戦争においてはかならず核兵器が使用されるであろうし、そしてそのような兵器が人類の存続をおびやかしているという事実からみて、私たちは世界の諸政府に、彼らの目的が世界戦争によっては促進されないことを自覚し、このことを公然とみとめるよう勧告する。したがってまた、私たちは彼らに、彼らのあいだのあらゆる紛争問題の解決のための平和的な手段をみいだすよう勧告する。」
  1955年7月9日 ロンドンにて


しかしその願いも、また広島、長崎の被爆者の訴えも虚しく現在、世界には2万発を超える核弾頭が存在する。

広島、長崎の被爆者は単に人体実験をさせられただけなのか!

110820_shoheki19.jpg
NPT(核不拡散条約)において「核兵器国」を呼ばれているのは、5カ国。ロシアに約12000発、アメリカに約9600発、フランスに約300発、中国に約240発、イギリスに約225発。
 しかしインドは1974年と1998年に、パキスタンは1998年にそれぞれ核実験を実施し、核兵器保有を宣言しているNPT非加盟国である。またイスラエルは宣言はしていないものの、既に核兵器を保有している「事実上の核保有国」といわれている。北朝鮮は2006年に核実験の実施を発表した。

110820_shoheki20.jpg
▲1945年以来、世界各地で行われた核実験は2000回を超える
 実験場の環境は破壊され、多くの住民や兵士の障害が問題になっている。またすべての兵器は、使用することを想定して配備されている。広島・長崎以来、事あるごとに核兵器は絶えず使用の危機にさらされてきた。さらに、複雑な技術システムにつきものの事故は、核兵器にも例外ではない。工場での事故から核ミサイルの誤発射まで、さまざまな事故が実際に起こっている。

◆国別核実験の回数
 アメリカ=1030回、ロシア=715回、イギリス=45回、フランス=210回、中国=45回、インド=3回、パキスタン=2回、北朝鮮=2回、計=2052回

しかし、広島・長崎はあきらめない。核廃絶、そして戦争がない世界恒久平和を目指して訴え続ける。

 >続く

テーマ : 世界恒久平和を実現しよう
ジャンル : 政治・経済

原子爆弾(6)10秒の衝撃

かくして原爆は投下された。その原爆の炸裂した瞬間を見た初めての人類は死んでいった。

原爆の威力は、主に熱線と衝撃波と放射線に分けられるが、その炸裂からたった10秒で広島と長崎は壊滅した。
参考>原爆投下・10秒の衝撃

Hiroshimabomb.jpgNagasakibomb.jpg
▲広島(左)と長崎のキノコ雲(wikipediaから)。この雲の下で約37万人が死傷した。たった10秒間でその運命は決した。

それぞれの被害状況などはこちらを
広島平和記念資料館
長崎原爆資料館

 >続く

テーマ : 世界恒久平和を実現しよう
ジャンル : 政治・経済

原子爆弾(5)原爆投下への道

それにしても、なぜアメリカは、原爆という非人道的な最終兵器を開発し、日本へ投下したのか。
それを誰が開発し、それを誰が使えと指示したのか。

110820_shoheki17.jpg
▲原爆開発の道
・1938年オットー・ハーンは、リーゼ・マイトナーらとともにウランの原子核分裂を発見。
・アドルフ・ヒトラーは、ナチス政権総裁として侵略政策を進め、第二次世界大戦を引き起こした。
・1939年ニールス・ボアは、核分裂の理論的予想で原爆の可能性を示唆。原子力の軍事利用には反対した。
・レオ・シラードは、アインシュタインを通じ、原子力研究の必要性をルーズベルト大統領に勧めた。原爆の日本投下には反対。
・アルバート・アインシュタインは、シラードに頼まれ原子力研究を進言する米大統領宛手紙に署名(のち後悔)。原爆開発には参加せず。
・フランクリン・ルーズベルト米大統領は、原子力開発への着手を指令。原爆開発計画(マンハッタン計画)を推進した。
・1942年エンリコ・フェルミは、人類初の原子炉を完成。マンハッタン計画で中心的役割を果たした。
・マンハッタン計画は日本の国家予算をしのぐ巨費を投じて開発された。

110820_shoheki18.jpg
▲日本へ投下
・ロバート・オッペンハイマー(ユダヤ系アメリカ人の物理学者)は、ロスアラモス国立研究所の所長としてマンハッタン計画を指導。
・レスリー・グローブスは、陸軍マンハッタン工兵管区司令官に任命され、マンハッタン計画を統括した。
・1943年ウィンストン・チャーチルは、原爆の開発や使用政策についてルーズベルトと秘密協定を結ぶ。
・1945年4月ルーズベルトが脳卒中で急死した後、副大統領ハリー・トルーマンが米大統領に就任。そのとき初めてマンハッタン計画のことを知らされたという。そして日本に対する原爆投下を承認した。
・1945年7月26日、米中英は大日本帝国に対しポツダム宣言(無条件降伏)を発した。

1945年(昭和20年)7月26日のポツダム宣言の発表に際し、日本政府は戦争終結のための手段としてその受諾を検討する一方、宣言中に天皇制の維持について言及がなかったことから、国体護持を求める主張を中心に、政府内で激しい議論が起こった。宣言における天皇の扱いについては、米国国務次官ジョセフ・グルーと陸軍長官ヘンリー・スティムソンによる起草段階では天皇制を維持する旨の条項が含まれていたが、当時は米国政府内でもその是非について見解が定まっておらず、最終案では削除されていた。また、当時近衛文麿元首相を天皇の特使としてソ連に派遣し、和平の仲介を求める構想があったこともあり、結局、政府はポツダム宣言の黙殺を一旦は決定した。(wikipediaから)


・8月6日広島に、ウラン型原子爆弾(リトルボーイ)投下、8月9日長崎に、プルトニウム型原子爆弾(ファットマン)投下される。

・ヨシフ・スターリンは広島原爆投下後、日ソ中立条約を破棄して日本に宣戦布告した。
・これらに衝撃を受けた政府は、8月9日の御前会議で「国体の護持」を条件に宣言の受諾を決定し、8月10日に連合国に中立国を経てその旨を通告した。
・8月15日正午、日本政府は宣言の受諾と戦争の終結を国民に発表(玉音放送)。

原爆はドイツを対象に開発されたが、後に目標を日本に変更、京都など18か所が候補に上がったが、結局、1945年(昭和20年)8月6日広島、同9日長崎に投下された。原爆投下の理由として、早期終戦のためと言われているが、20億ドルを投じたマンハッタン計画を誇示する目的もあった。また、ソ連との冷たい戦争の最初の作戦という性格も持っていた。(原爆資料館HPから)


原爆を投下するまで日本を降伏させるな」という説があるが、僕もこれはあったであろうと推察する。20億ドルもかけた国家プロジェクトを途中で止める訳にはいかなかったはずだ。

 >続く

テーマ : 世界恒久平和を実現しよう
ジャンル : 政治・経済

カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
最新記事
プロフィール

リンデン

Author:リンデン
リンデンの長崎ケルンへようこそ!

長崎には「墓・坂・馬鹿」が多いと揶揄されますが、「先人(歴史・文化)を敬うハカ・人の苦労(斜面都市・殉教・被爆)を知るサカ・自らを捨て人に尽くす(まつり・地域活動・平和運動)バカ」のことだと解釈し、このハカサカバカ精神で行動しながら、ケルン(記事)を積んでいます。

あなたもよかったら、ケルン(コメント)を積んでいってくださいね。

facebook
twitter
mixi
freeml
you-tube

カテゴリ
最新コメント
リンク
月別(表示数指定)
検索フォーム
FC2カウンター
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

RSSリンクの表示
QRコード
QRコード
フリーエリア
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。