上五島~小値賀の旅(3)

早朝5:00、博多を深夜0時に出発した太古が小値賀港に入ってきた。10分ほど遅れている。そそくさと岸壁に係留。

帰省客なのだろうか、10人ほどの人々が和やかな表情で降りてきた。

夏場はもっと多いはずの船内から、五島灘の夜明けを眺めながら、小値賀を後にした。

いつかまた来よう。

上五島~小値賀の旅(4)

早朝6:00に青方に着いてもどうしようもない。と思い、昨日から手を打って、レンタカーを借りていた。
そして鯛の浦から長崎行きが出る17:00まで、この上五島の教会巡りをしてみようと決めていた。

五島列島には50の教会があるが、1つは小値賀に、20は下五島に、残りの29は上五島にある。
これから1時間に3教会のペースで、29教会すべてを回ってみようという計画だ。
一抹の不安を抱きながら、とりあえずスタートした。

上五島・中通島の北端である津和崎灯台まで行き、南下しながら一つひとつ確かめるように教会を回った。昨日新上五島町観光協会でもらったスタンプラリー帳を片手に。

キリシタン弾圧が厳しかった時代に、西彼黒崎郷などから移住してきたカクレキリシタンたちが作った教会は、山の中腹に、岬の突端に、湾のはずれに、正にカクレて佇んでいた。
その一つひとつを訪ねれば訪ねるほど、その歴史の重さ、そこで祈った人々の思いの深さが感じられた。

とても一日では回れる数と距離ではなく、結局回れたのは21教会だった。
しかし、この上五島のすばらしい自然に溶け込んでいる教会は本当に美しかった。

先を急いでスタンプを押す旅より、ゆっくり時間をかけてまた訪ねたい。この29の教会を手作りで建て、守ってきた人々、そしてそこで祈ってきた人々、それぞれの歴史に思いを寄せながら。

人がいなくなり、自然に朽ち果て消滅した教会もある。これらの歴史的価値、建造物としての価値、文化としての価値を考えると、保存が急務だ。
長崎の教会群を世界遺産にする会の活動をもっと支援しなければと思った。

上五島~小値賀の旅は、たった二日だったがいい旅だった。

上五島~小値賀の旅(1)

出張で、初めて上五島へ渡った。

目指すは新上五島町役場と同教育委員会なのだが、同町は新魚目町、有川町、上五島町、若松町、奈良尾町の5町が合併したばかりで、所在地がよく分からない。

とりあえず長崎港、朝8:00発の高速旅客船「えれがんと」に乗船。梅雨で煙る長崎港を後にした。波を蹴散らしながらの90分、波静かな鯛ノ浦港へ到着。(写真左)

港ターミナルから正に出ようとしてた西肥バスに飛び乗り、運転手さんに「新上五島町役場って、行きますかぁ~?」、乗り換え地点のバス停で待合客に「青方行きのバスってどれですか~?」てな具合で聞きまくり何とか新上五島町役場へ到着。

教育委員会は旧新魚目町役場にあるらしく、親切な役場の方に車で送ってもらった。

中央と右の写真は、青方のバスターミナルで見つけたツバメの巣。
このまちは、人と自然が共存・調和している優しいまちだ。

上五島~小値賀の旅(2)

次に目指すは小値賀町
この島は上五島のすぐ北、そして最近佐世保市となった宇久島の南に位置する小さな島。なぜ、ここは平成の大合併に参加しなかったのだろうと思いながら、青方から小値賀行きの船に乗った。

この船は一日一回、福江~博多間を結ぶ野母商船の定期フェリー「太古」だ。
12:30に青方港を発って、13:30には小値賀港(笛吹港)に着いた(写真左)。港には教育委員会の方が親切にも迎えにきていただいていた。

仕事はすぐに終わったのだが、上五島へ戻るのには、翌朝5:00発のこの太古を待つしかない。この際一泊してゆっくりこの島を探索してみよう。

火山島ならではの切り立った島々が点在する風景が美しい。さすが西海国立公園だ。
静かな透き通るような海、青々とした緑、自然豊かな島内を汗びっしょりになりながら、さるいた。すれ違う子供たちが大きな声であいさつしてくれて気持ちがいい。

小腹がすいたので、港近くの料理店に入った。何が美味いものをと言って出てきたのが写真中央。イサキの刺身だ。旬の魚は本当に美味い。絶品だった。

ここでは毎年3月に国際音楽祭が開かれる。もう5回を数えるという。豊かな自然の中で奏でられる音楽はまた格別であろう。特についに無人島となった野崎島にある県指定文化財の野首天主堂でのコンサートは、機会があったら聴きに来てみたい。

過疎化が進む島。でもしっかりと自分たちの歴史と文化を守っている島。何となく合併しなかった理由が分かったような気がした。
もし合併していれば、僕もこの美しい島を訪れることはなかったわけだ。

市民セミナリヨ第3回

6/17(土)国宝大浦天主堂で市民セミナリヨ2006第3回を開催した。アジェンダNOVAながさきの主催。

雨にもかかわらず満席。長崎ならではの貴重な歴史を市民が熱心に聞き入っていた。わざわざ東京から聴きにくれた方もいた。

第1部<講話>は「殉教と潜伏/浦上四番崩れと近代日本の夜明け」(写真左)

以下、アジェンダNOVAながさきHPから引用

大浦天主堂は、現存する日本最古の洋風天主堂として国宝に指定されている。しかしその真の価値は、再渡来した宣教師と潜伏キリシタンの出会い、「信徒発見」が、ここで行なわれたことにある。それは「サンタマリアのご像はどこ?」という問いから始まった。日本のキリシタンはこの時を境に潜伏の時代から、世界的なカトリック教会とのつながりを回復、7世代250年の信仰伝承と「復活」を可能にした歴史を検証する。「浦上四番崩れ」は殉教と迫害の時代を通して伝承された信仰の真実を証したものであり、浦上キリシタンが信仰と良心の自由を守って貫いた無抵抗の抵抗が、やがて日本に思想の自由という近代化をもたらす力になったことについて、日本キリスト教史学会理事で長崎純心大学学長の片岡千鶴子様に語っていただく。



第2部<音楽の夕べ>は「生月のカクレキリシタンが声に出して歌ってきたオラショとは」(写真右)

以下、同HPから引用

「潜伏と殉教」の時代(江戸時代)は、その潜伏期間が長くなるにつれて、イエズス会宣教師によって教えられた祈りが潜伏キリシタンの間で口伝えで広められました。禁教が解禁された後も、外海、五島、平戸・生月では、禁教当時の信仰を守った人々がいてかくれキリシタンとして現在に至っています。
 オラショは、その人々が行事にあたって唱えるもので、それを含め、長崎「かくれキリシタン」習俗は国選択無形民族文化財に指定されています(選択年月日:昭和40年3月)。
 第三部では生月島、壱部地区の皆さんをお迎えしてオラショ3曲披露していただく予定です。いずれも原曲は16世紀当時の宣教師たちが、母国スペインで歌っていたと思われるグレゴリオ聖歌で、当日は長崎カトリック合唱団によって原曲の方も併せて披露いたします。


(C)アジェンダNOVAながさき

媽租様と唐りゃんせ

通さるく「媽租様と唐りゃんせ~唐人屋敷の歴史~」をさるいた。

唐人屋敷とは、元禄時代、それまで市中に散在していた中国人を、密輸やキリスト教浸透のおそれから「囲い込んだ」まちで、出島の2倍以上の広さがあり、2000人~3000人が収容できる場所だった。

当時、中国船が入ってくると一旦、貨物は新地蔵(現在の新地中華街)に預けられ、唐人たちはこの唐人屋敷の入り口にあった番所で検査を受け、手回り品のみで帰帆まで館内で生活をしたという。

広馬場~館内市場~土神堂~天后堂~観音堂~福建会館などが主なコース。

写真左は、その唐人屋敷の一番奥の角に当たる所。現在もこの角を境に4つの町が分かれている。
真ん中は「陶々亭」という由緒ある中華料亭。土蔵造りで窓が立派。現在も開店中。
右は福建会館にあった孫文の像。言わずと知れた中国革命の父。

今度はどこをさるくかなぁ~~

ファイナルアンサー??

クイズ・獅子よあなたは??股間を探る・・

この獅子はオスかメスかの答えを言う前に、最後のヒントを・・・

もう片方を出さなきゃ、不公平だよね??

さ~~ていかが??

梅雨入りと廃坑

九州北部はきょう梅雨入りしたそうだ。
この日、仕事で池島に行った。

”九州最後のヤマ”と言われた池島もついに平成13年に閉山となった。
現在、池島鉱業所の社員100名ほどが、この炭鉱を見学や研修のために守っているという。

雨に煙る廃坑・・・
ひっそりとなったアパート・・・

島民たちは”軍艦島のようにはならないように”とこの島の生き残り策を考えている。

かつての賑いを想像しながら、そして時の流れの厳しさを噛み締めながら、島を後にした。

チャイナタウンと居留地

きょうはうす曇。絶好のさるく日和だ。

10時発の「チャイナタウン長崎~新地中華街界隈とぶらり散策~」にまずは参加。

新地の歴史・構造・史跡などを改めて説明を受けると、ほぉ~とか、なるほど~とか、うなずくことばかり。
「虫下し」で儲けた「つりがね堂薬局」が軍に戦闘機を寄付したら、お礼にプロペラを贈られて、それが店の前に飾ってある・・なんて知ってた??

そして何と言ってもこのコースはお得なコース。お土産に「蘇州林」が「ヨリヨリ」を、「福建」が「金銭餅」をくれるし、何とチャンポンがただで食べられるのだ!
さるく手形で参加している僕は、1銭も払ってないから返って恐縮してしまった。

突然ですが、ここで問題です。この獅子(左)はオスかメスか?この答えは、次回のブログで・・・(笑)
真ん中の写真は若い人に人気らしい。新地で見つけてね。

チャンポンで腹も膨れた僕は、14時発の「憧れの上海航路・大浦バンド~外国人居留地通り~」にも参加した。
長崎が世界で一番?栄えていた時代にワープした。

右の写真は「瑠璃庵長崎工芸館」で。左の丸いガラスは龍踊りの龍の眼に入れるガラスだとか・・

さるく三昧の一日だった。

パブロフの狂犬

きょうは晴れ、最高気温は29度まで上がるという。
お休みの散歩は、いつもと違ったコースを・・・

色とりどりの花が咲き乱れていて、またさわやかな風が心地よい。本当にいい季節だ。

ウインディーの足取りも軽い。
しかし、この犬、歩き始めるまでが大変。

僕が起きてから、僕の挙動をじっと観察・・・散歩に行く気配を感じると、途端に「狂犬」化する。

嬉しいのは分かるが、ワンワン!ワンワン!吠えてうるさいわ、リードをつけると嫌がって、ウーウー!唸って噛み切ろうとするわ・・・毎度のことで参ってしまう。いわば「パブロフの狂犬」だ。

朝っぱらから閑静な住宅街を騒がしくする訳には行かない。
躾が悪かったのか、やっぱ飼い主に似てしまったのか・・・
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リンデンの長崎ケルンへようこそ!

長崎には「墓・坂・馬鹿」が多いと揶揄されますが、「先人(歴史・文化)を敬うハカ・人の苦労(斜面都市・殉教・被爆)を知るサカ・自らを捨て人に尽くす(まつり・地域活動・平和運動)バカ」のことだと解釈し、このハカサカバカ精神で行動しながら、ケルン(記事)を積んでいます。

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