豊後の旅7~宇佐

九州の国宝(建造物)は、熊本の青井阿蘇神社、大分の富貴寺、宇佐神宮、そして長崎の大浦天主堂と崇福寺にある。

宇佐神宮に行ってみたいと言ったら、Tも乗ってきた。

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▲Tと別府駅から宇佐へ向かう。窓から望む別府湾が美しい。

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▲ある駅に停車した。僕ら以外誰もいなくなった。そのまま動かない。何かおかしい。駅員に聞くと終点だという!!大神(おうが)駅の出来事だ。仕方ない。一旦駅を出て、近くのコンビニで昼食を買って、次の列車まで食べながら待った。

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▲宇佐駅到着。日本のUSAだ。

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▲駅前の観光案内図を見ると宇佐神宮まで公共交通機関が少ない。タクシーに乗った。2000円弱だった。

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▲ここか、宇佐神宮は。なるほど広い。もう門松が。

全国約11万の神社のうち、八幡さまが最も多く、40,600社あまりのお社(やしろ)がある。宇佐神宮はその八幡さまの総本宮だ。

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▲何とか門 <調べろや!!(笑)

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▲これは、勅使門(ちょくしもん)。奥に本殿があり、左より順に一之御殿(八幡大神)、二之御殿(比売大神)、三之御殿(神功皇后)と並ぶ。

宇佐神宮では、「二礼、四拍手、一拝」が古儀だそうだ。もちろん、試してみた。「すべての願いが叶いますように・・・」(*^^)v

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▲時間はたっぷりあったので、静かな湖畔を散策した。オヤジ2人で。。。

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▲紅葉も美しい。しかし広い。

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▲7分も遅れてきたバスにほっとして乗車するT。じゃ、また、どっかで!(^O^)/~

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▲帰りは博多経由で帰ることにした。久大本線を使うよりは早い。2枚きっぷはどちらの線も使える。宇佐駅で待っていたら、昔の「にちりん号」が通過した。懐かしい。「臨時」と表示されていたが、まだ現役なのね。

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▲この特急「ソニック」に乗った。

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▲博多駅からは、お馴染みの特急「白いかもめ」へ乗り換え。

今回の旅はたった1泊二日ではあったが、旧友に会う旅、豊後を訪ねる旅、JR九州の各列車に乗る旅、いろんな楽しみを満喫した旅となった。

また、どっか旅しよう。 (完)

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11/29のツイートまとめ

anijalinden

おは長。晴れ。昨晩レンタルDVDを観た。観損ねていたブラックスワン。血が滲むような緊張感。芸術を極めるためにはやわな感情は捨て去り、己の全てを解き放たねばならない。自らは気付かぬ抑圧された感情も含め一切を。
11-29 08:19

11/28のツイートまとめ

anijalinden

おは長。曇り。きのうのミツバチの羽音と地球の回転はよかった。自分の住んでいるまちと暮らしを守るために反対運動を根気よく続けること。権力に屈しないこと。簡単なことだが一番大事なことだ。国のためという言葉にいかに嘘が多いことか。忘れてはならない。
11-28 07:05

豊後の旅6~鶴見岳

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▲別府湾の夜明け

この日、Aは仕事だというので別れ、Tと鶴見岳に登ってみようということになった。

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▲鶴見岳ロープウェイ

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▲温度計の目盛りに注目!何とマイナス2度!!


▲山上駅の屋上からの眺め

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▲ここから鶴見岳山頂へは歩いて登る。

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▲各局テレビ送信所がある。頂上はまだか・・・


▲展望台に到着。360度のパノラマをお楽しみください。

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▲何と霧氷だ!ムヒョ~~!!と親父ギャグ一発!

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▲やったぁ~!頂上!1375m

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▲見晴らしがいい。遠く阿蘇連山も望める。

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▲さて下山。

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▲眼下に見えるコテージの前から別府駅行きのバスに乗ることになる。

さて、まだ時間はある。どこへ行こう? 旅は続く・・・

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11/27のツイートまとめ

anijalinden

山を下りて映画を観に行くウオークなう(^^)v
11-27 13:22

@maedamari 行ってみますね。
11-27 12:45

おは長。曇り。予報は小春日和。ほんまかいな?昨朝の掛け声空しく引きこもり、映画はレンタルDVDとなった。何事も思い通りにはいかぬもの。店舗閉店の貼紙に店主の顔が浮かび、うるっときた朝だ。
11-27 07:53

ミツバチの羽音と地球の回転

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▲映画「ミツバチの羽音と地球の回転」上映会&監督トークが、11/27(日)14:00-17:00、長崎原爆資料館ホールで行われた。


▲まずは予告編を観ていただこう。

山口県瀬戸内海に浮かぶちっぽけな祝島(いわいしま)の住民らが、自分たちの地域と暮らしを守るために、上関原発の建設に反対するさまをごく自然に直近でカメラは追う。

住民にとっては、農業や漁業と反対運動とは、もはや切っても切れない生活の一部なのだ。

観ているうちに反対運動をする住民側の主張の方が、中部電力やエネルギー庁の役人の上辺だけの主張よりもずっと正当であることが自然と伝わってくる。

環境先進国であるスウェーデンの様々な取り組みを紹介されているが、これらは日本にとって、学ぶべきものが多々ありそうだ。なぜメディアは伝えない??

再生可能エネルギーの宝庫・日本がこの場に及んでもなお、原発にしがみつこうとする姿勢が本当に滑稽に見えてくる。Japan、Start now!

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▲上映後、鎌仲監督によるトーク

プロジェクターを使って様々は資料を見せていただいた。

◆参考になるサイトはこちら↓
ストップ!上関原発!
ミツバチ@Official Blog


▲鎌仲監督の声を聞いてみよう。

日本は、自信を持って脱原発を推進し、環境に優しい日本を目指すべきだと思う。

日本民族はそれが似合うし、それができる。

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11/26のツイートまとめ

anijalinden

おは長。快晴!きょう動かずしていつ動く!ってな天気だ。さて我は何をなすべきか?もう最後のチャンスか1911?県美?う~ん、悩んでる間に動くべし!
11-26 08:56

豊後の旅5~むかしの同僚

今回の旅はむかしの同僚二人(TとA)に会うのが目的だった。

今を去ること20数年前、僕らは24時間眠らぬ厳しい製鐵所内で共に汗を流した。二人とも優秀な技術者だった。

僕らが担当したのは、コークス工場の新設備(CDQ)の点検整備。日常、定期、年次の点検・整備計画策定から実施、突発事故対応、設備の改善提案などを行った。

Aは僕より先に、実家の都合で大分に戻らなければならなくなり、全く職種が違う農業(梨園)を継ぎ、観光をはじめ様々な仕事を展開させ、現在家族5人を逞しく支えている。

Tは現在も昔の職場関連で全国の技術者を指導する立場になっている。

今は三人三様、全く違う仕事をしているが、共通の原体験があるので何故か安心する。

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▲まずは3人で「かまど地獄」に行き、温泉卵を肴に乾杯!(^O^)/

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▲泊ったのはその前会社の別府保養所。二人はOBとして泊った。別府湾を望めるいい場所にあった。右手の山は、猿山で有名な高崎山。大分製鐵所も望める。

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▲夕食の準備ができましたっ。さて、やるか!再会を祝して乾杯!!

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▲豪勢な夕食。

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▲天下の美味”城下かれい”!と思いきや、左ヒラメに右カレイだよね・・・ヒラメだっ!!ま、どっちにしろ美味かった!!

酒が進んだのは言うまでもない。

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豊後の旅4~府内のまち

当初、日田でも散策してから別府に向かおうと思っていたのだが、長崎~大分・別府の2枚きっぷが安い(10,000円)ので、これを購入し、そのまま行くことに決めた。2枚きっぷは途中下車するとその先は無効となるのだ。

でも直接別府まで行ってしまうと待ち合わせ時間まで2時間待たなければならないので、大分駅で降りて散策してから別府に向かうことにした。大分~別府間の切符は買い直さなきゃだけど。

さて、どこに行こう。大分といえば大友宗麟が作った府内のまちだ。
観光案内所で大友宗麟関係の資料館はないかと聞くと、「大友氏遺跡体験学習館」を紹介してくれた。

しかし大分駅から歩いて20分かかった。それも重いバッグを背負って・・・

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▲やっと辿り着いた「大友氏遺跡体験学習館」。

ここは小中学生が社会科見学で来る施設らしい。なるほどバスが停められるスペースが広くとってある。おそらく歩いてくる大人はほとんどいないだろう。

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▲しかし、難しい説明書きをタラタラ並べている資料館より、短時間に分かりやすい説明が嬉しい。

大友氏は元々相模の国(神奈川県)出身、鎌倉時代に豊後の国に来たらしい。宗麟は1550年に21代藩主となった。長崎開港の20年前だ。

宗麟は、北部九州一帯に勢力をのばし、南蛮貿易を積極的に推し進め、キリスト教を保護し、「キリシタン王国」を築いていったが、1586年島津家久によって府内のまちは攻められ焼き討ちに遭い、後は衰退の一途をたどった。

大友氏の政治は宗麟の子・義統まで400年続いた。

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▲江戸時代になると府内城を中心とした新しい町が建設され(青い範囲)、府内のまちが移転し、南蛮貿易で栄えた町(白い範囲)は終わった。

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▲府内のまちには、南北、東西に大きな道路が通り、5000軒もの家が立ち並ぶ大きな都市を形成していた。宗麟の屋敷(大友館)、万寿寺や若宮八幡社に、府内教会、府内病院というキリスト教宣教師が作った施設もあったという。

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▲宗麟はフランシスコ・ザビエルが府内のまちに訪れた後に、宣教師を招き入れた。まちには教会、学校、病院が建ち並び、ポルトガル商人をはじめとする外国人が住む西洋文化が香るまちとなった。

長崎と似たようなまちなのだが、説明していただいた学芸員によると、大分市内にはキリスト教の遺跡はほとんど残っていないそうだ。現在、そういった遺跡の発掘調査をすすめているという。

いわゆるカクレキリシタンは竹田市のような内地に移動してしまったというのも理由らしい。

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▲その発掘調査で見つかったデウス堂跡(推定地)。

1553年(天文22)6月府内に礼拝堂が建立され、高い十字架が建てられました。これが府内教会(デウス堂)で、「わが慈悲の聖母(ノッサ・セニョーラ・ダ・ピエダデ)の教会」と呼ばれました。建築に当たっては信者が自ら汗を流したといいます。これ以後、大友宗麟の保護もあり府内を中心にキリスト教は次第に広がっていき、1557年(弘治3)府内には2000人のキリシタンがいたといいます。教会では毎日ミサが行なわれ、少年合唱隊がオルガンやビオラに合わせて聖歌を歌ったり、宗教劇が演じられたと宣教師の報告に記されています。府内にはその後、西洋医術の府内病院や学校(コレジオ)も出来、南蛮文化の香り高い都市として発展しました。


長崎と似たような歴史があるが長崎より古い。
短い時間ではあったが、学芸員の方といろんないいお話ができた。

話し込んでしまったおかげで、駅まで戻る道が大変だったのだが・・・

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ダスキンモップ耳


そろそろ取り替え時期か?(笑)

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長崎には「墓・坂・馬鹿」が多いと揶揄されますが、「先人(歴史・文化)を敬うハカ・人の苦労(斜面都市・殉教・被爆)を知るサカ・自らを捨て人に尽くす(まつり・地域活動・平和運動)バカ」のことだと解釈し、このハカサカバカ精神で行動しながら、ケルン(記事)を積んでいます。

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