きょうは長崎原爆の日

1945.8.9 11:02

爆心地から500mの山里小。
可愛い教え子ら1300人を一瞬のうちに亡くした伯父の悲しみ・・・

爆心地から1.2kmの三菱幸町兵器工場。
爆風に吹き飛ばされながらも辛くも生き残り、彷徨いながら家へ帰った母の悲しみ・・・

そんな悲しみが長崎市内を覆い尽くしました・・

あの日、あの場所で、あの人たちのあの悲しみがなかったら、今の自分も存在しない。

そのことをじっと感じながら、きょう黙祷をします。

関連記事

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

多分少し似たような体験をしている者です。原爆を思うとき、理不尽さにわけがわからなくなりますが、その余りの重たさに口をつぐんでしまいます。体験者である母(故人)を思い返すと、浮かんでくるのは突き抜けた笑顔です。母の人生の重さは、私など足元にも及びません。生きてるうちにもっと話せば良かった。でも私は余りに、子ども過ぎた。     旨く言葉にできません。
 Dr.フランクル「夜と霧」、神谷美恵子「生きがいについて」を読まれたことがありますか?涙が止まらなかったものでした。

木下さん、コメントありがとうございます。
私の母もあの日のことはあまり語りたがりません。思い出したくないのです。
それだけに私の心の奥底に深く刻み込まれています。
体験していない者は、その惨さや悲しさを簡単に言葉にはできないけど、言葉を信じて語り継ぐ努力をしたり、少なくとも平和を愛する思いだけは若い人に伝えていきたいですよね。
被爆者は口をそろえて言います。
あんな思いは、誰にも二度とさせたくないと・・・
その本、読んでみますね!
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
最新記事
プロフィール

リンデン

Author:リンデン
リンデンの長崎ケルンへようこそ!

長崎には「墓・坂・馬鹿」が多いと揶揄されますが、「先人(歴史・文化)を敬うハカ・人の苦労(斜面都市・殉教・被爆)を知るサカ・自らを捨て人に尽くす(まつり・地域活動・平和運動)バカ」のことだと解釈し、このハカサカバカ精神で行動しながら、ケルン(記事)を積んでいます。

あなたもよかったら、ケルン(コメント)を積んでいってくださいね。

facebook
twitter
mixi
freeml
you-tube

カテゴリ
最新コメント
リンク
月別(表示数指定)
検索フォーム
FC2カウンター
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

RSSリンクの表示
QRコード
QRコード
フリーエリア