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原子爆弾(1)落下中心地

旧浦上天主堂の被爆遺構を描いた画集「傷壁」を出版された一瀬比郎さん。

氏を先日取材したこともあって、その原画展を観に原爆資料館に向かった。

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▲松山町の爆心地公園を通ると笛の音が聴こえてきた。耳を澄ますとメロディーは「島原の子守唄」。中心碑に向かって背広姿の男性が演奏されている。原爆によって惨たらしい死を強いられた霊魂を鎮めようとされているのか。♪はよねろ泣かんでオロロンバイ・・・悲しい響きであった。

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▲この中心碑の上空500mでB29「ボックスカー」から落下されたプルトニウム型原子爆弾「ファットマン」は炸裂した。1945年8月9日11時2分のことであった。7万4千人が命を落とし、7万5千人が重い傷を負った。

この中心地から1km以内で直接被爆した者は100%死亡した。熱線(7000度)や爆風(440m/s)によるのは勿論のこと、たとえ外傷がなくても核分裂により放射されたガンマ線や中性子線で全身の細胞のDNAが破壊されてしまうからだ。

僕の母はこの地から南へ1.2km行った茂里町の三菱兵器工場で被爆した。14歳だった。魚雷の信管を作っていた。いつも働いていた研究室にいたら同僚と共に死んでいた。たまたま外出しており建物の陰で被爆したのが幸いした。それでも身体は宙を舞ったという。現在80歳。元気にしている。奇跡だ。ということは僕の存在もまた奇跡である。

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▲中心碑の右手に旧浦上天主堂(中心地から北東500mにあった)の被爆遺構の一部が移設され、その原爆の威力を静かに物語っている。

  >続く
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リンデンの長崎ケルンへようこそ!

長崎には「墓・坂・馬鹿」が多いと揶揄されますが、「先人(歴史・文化)を敬うハカ・人の苦労(斜面都市・殉教・被爆)を知るサカ・自らを捨て人に尽くす(まつり・地域活動・平和運動)バカ」のことだと解釈し、このハカサカバカ精神で行動しながら、ケルン(記事)を積んでいます。

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