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原子爆弾(4)戦争への道

アメリカはなぜ、この非人道的な原爆を長崎に投下したのか。
アメリカとは全く無関係な土地に、全く無関係な15万人をいきなり殺傷したかった訳ではあるまい。

歴史にはそれなりに因果がある。

まずは日本が戦争を始めた経緯を改めて辿ってみよう。

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▲日清戦争と日露戦争(ふたつの勝利と帝国主義のはじまり)
 明治政府は列強に追いつけと富国強兵で国家維持を図り、日清戦争(1894-95)、日露戦争(1904-05)の勝利を経て領土を拡大した。いわゆる帝国主義のはじまりだ。

▲中国と朝鮮(日本の植民地支配)
 日本はついに1910年韓国を併合する。第一次世界大戦(1914-18)が起こり、日本は日英同盟に基づきドイツ(租借地、植民地)へ宣戦布告。中国へ対華21カ条要求を突き付けた。

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▲第一次世界大戦(平和と軍縮)
 ドイツが降伏し第一次世界大戦は終わる。1919年パリ講和会議に日本は5大国の1国として参加。その後のヴェルサイユ条約で日本は山東半島の権益は認められたが、中国やアメリカに反日感情が起こる。
 
▲政党政治と軍部の台頭(軍国主義への移行)
 1923関東大震災が起こる。1927金融恐慌がはじまる。1929世界大恐慌。世情不安を背景に軍部が台頭してくる。だが国際情勢は軍縮の流れ。だんだんと日本に対する中国侵略への風当たりが強くなる。1931満州事変。日本国内は1932五・一五事件。1936二・二六事件。ついに、1937盧溝橋事件が勃発し、日中戦争へ突入。1945終戦まで続いた。

これらの軍部の政治介入、中国における帝国陸軍の暴走は、日本の国際社会からの孤立化に拍車をかけた。アメリカは在米日本資産の凍結や対日石油輸出全面禁止など厳しい経済制裁を発令、イギリスやオランダと同調したいわゆるABCD包囲網を完成させ、いよいよ日本を追い込んだ。

そして1941年12月8日、追い込まれた日本は、誰しも勝てるとは思わなかったアメリカに対し、真珠湾攻撃を仕掛けてしまう。
これに至る経緯として、

先日NHKで放送された「日本はなぜ戦争へ向かったのか」では、第1回“外交敗戦”孤立への道、第2回 巨大組織“陸軍” 暴走のメカニズム、第3回 "熱狂”はこうして作られた、第4回 開戦・リーダーたちの迷走の4回シリーズで、外交の失敗、陸軍の暴走、メディアの追従、リーダーの迷走を原因にあげた。

しかし、一方で真珠湾攻撃陰謀説もある。

ま、これがあったかなかったに拘わらず、日本が戦争に向かわざるを得なかった要因は多々あり、同時に立ち止まり、引き返す道も多々あったはずである。

日本人は、立ち止まること、引き返すことを知らない民族なのか。
現在の状況が「いつか来た道」だとしたら、過去の歴史をもう一度見つめ直し、肝に銘じ、事に当たっては、立ち止まり、また引き返す勇気が必要なのではないだろうか。

 >続く
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ジャンル : 政治・経済

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長崎には「墓・坂・馬鹿」が多いと揶揄されますが、「先人(歴史・文化)を敬うハカ・人の苦労(斜面都市・殉教・被爆)を知るサカ・自らを捨て人に尽くす(まつり・地域活動・平和運動)バカ」のことだと解釈し、このハカサカバカ精神で行動しながら、ケルン(記事)を積んでいます。

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