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丸山華街を復活させよう!

先日の「孫文ゆかりの地をさるく」の中で、「孫文は丸山遊郭を利用した!」なんて話は全くなかったが、僕の勝手な想像では、あってもおかしくないと思った。

「英雄色を好む」と言うし、宋慶齢のような26歳も年下の美人を妻にした彼が、江戸の吉原、京の島原と並ぶ日本の三大遊郭といわれた丸山に行かなかった訳がない!(笑)

というよりも、当時の丸山遊郭は、単なる売春宿ではなく、国際交流の場でもあったからだ。遊女も相手によって日本行き、唐人行き、阿蘭陀行きなどのランクがあり、阿蘭陀行きは芸事だけではなく、外国語も話せ、教養も身につけた文化人だったという。

丸山遊郭の誕生は寛永19年(1642)に遡る。
最盛期には1443名もの遊女がおり、かの井原西鶴をして「長崎に丸山といふ処なくば 上方の金銀無事に帰宅すべし」と言わしめた。
(長崎に丸山という場所さえ無ければ、おエライさん方も金を使わないで無事家に帰れただろうに)

鎖国時代、唯一の西洋の窓口であった長崎の丸山は、幕末の志士たちを始め、数々の文化人、政治家、商人、西洋人の交流の場として大いに賑わっていたことであろう。

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▲県指定史跡の花月(引田屋)の入口には長崎の歌人、向井去来の「いなづまや どの傾城と 仮まくら」の歌碑がある。傾城(けいせい)とは城を傾かせるほどの美人のことだ。「稲妻が鳴りだしたから、丸山で一休みしていくとして、さてどの遊女を抱こうか」てな意味であろう。いいねぇ~(*^^)v

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長崎検番。二階の提灯に芸子の名が書かれている。この芸子衆(げいこし)が検番組織を組むようになったのは、明治に入ってからだそうだ。ちなみに現在の芸子衆はこちら。三世代同居??(>_<)

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▲「長崎丸山 華街跡」の碑。「寛永19年(1642)から昭和33年(1958)まで316年間華街として賑わう」とある。

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▲長崎丸山華街跡の説明板。丸山の歴史と意義がコンパクトにまとめられている。必読。書かれたのは料亭「青柳」の若旦那山口広助さん。

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▲丸山本通りの坂を上った所に青柳はあるが、その傍らにこの案内板がある。

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▲山口さんの手書きの案内板。手書きの方が親しみが湧くね。

長崎に観光に訪れた男性から「長崎は夜遊ぶ所がない。がっくりきた↓↓」という話をよく聞く。
かつての「丸山」のことを風のうわさに聞いた男性は、ほのかな期待を抱いて来るのであろう。

男なら当然!よ~く分かります!(笑)
もし僕が県外の人間で、長崎に来たら同じ落胆を感じたかも知れない。

長崎のその点は、期待外れもええとこです。かつて丸山の栄華の反動なのか、今は全くと言って過言ではないほど「クリーン」で「まじめ」で、「期待はずれ(笑)」の街なのだ。

男女平等、男女同権はいい。でも男女の役割の違い、得手不得手ってもんはあると思う。
人間がこの世に生まれてこの方、男女の営みがなければ人間はこの世に存在しなかった訳だし、男女の営みってのは単なる性行為のことだけではない。

男女が目配せをし、言葉を交わし、恋い焦がれては振り振られ、好いた人の気を引こうと芸を磨き、願いが叶って結ばれて、愛を育み裏切られ、別れながれも忘れられない・・・なんてのが男女の営みだ。

現代は、核家族を推し進め、一人ひとりを閉じ込めて、家庭の外もクリーンにして、男女の営みを見えないものにしてしまった。表向きだけはね。

その結果、子どもはPCに向かってゲームの世界にのめり込み、小父さんは小さい銀色の玉を小さい穴の中にいかに多く入れるかってことに人生をかけ、それでたまたま稼いだ小金を持って、ちっぽけな飲み屋で酒を飲み、カラオケでわめくしかなくなった。

よ~するに「つまらない」社会にしてしまった。

この社会を作っているのは、権利ばかりを主張する男嫌いの女性と、優しいばかりで牙を抜かれたインポテンツの男性ばかりなのであろうか??

男と女ってそんなもんじゃなかでしょ。
リンデン曰く「文化とは男女の営みの中から生まれる」。

丸山華街を復活させよう!(^^)/
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テーマ : 長崎
ジャンル : 地域情報

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> taotao7

うん、確かに。

僕も「学」より「楽」を使えばよかとにぃ~って思っとったら、龍馬の時に「楽さるく」って、市のさるく観光課が使ってた。

でも内容は「学さるく」やった。(>_<)

こういう芸者遊びみたいなんを「楽さるく」って呼べばよかとさ。

県も市もネーミングセンスの悪かとばい。

学さるくね~

「学」さるくというのが、なんだか硬い感じだよね。さるくのシステムとしては仕方ないのかもしれないけど。「通」さるくの方が洒落てるけどね~。あくまでネーミングのことだよ(笑)
学さるくでお座敷経験したら、2度目からは「遊」さるくで少しサービスが付くとかやればいいのに~~v-147

> taotao7

うん、長崎さるくの学さるくでそげな企画のあっとよ。

◆長崎しっぽく料理「遊食会」(2006年)
http://www.sarukuhaku.com/saruku_gaku_06.html

◆「ちょこっと丸山お座敷デビュー」
http://www.saruku.info/course/G165.html

実はまだ参加したことなかとよ。いかんばいかん!

No title

丸山花街の復興
一昨年の伝習塾、在京長崎応援団塾で、長崎の料亭で遊ぶグループがありました。5人のメンバーは長崎へ行き、料亭で芸子さんを2人呼び「長崎ぶらぶら節」「浜節」を堪能し、美しい庭と美味しい卓袱料理とお酒。
5人で9万円。1人19000円だったそうです。
大手のツーリストの旅行商品で京都なら2時間30分で1人40000円だったそうです。
意外とリーズナブルだったことに驚いていました。
もっと、ツーリストなどとの協力で、この芸子遊びをPRしたらどうかとの提案がありました。もっと長崎検番の活躍の場を広げなければならないでしょうね。
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