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70's Pops(24)1978年間ランキング

1978年、成田空港が開港(5/20)し、宮城沖地震(6/12)が起こり、日中国交回復(8/12)し、エガワるが巨人に入団(11/21)した年。

「未知との遭遇」が公開され、「ディア・ハンター」が米アカデミー賞を受賞。

日本歌謡界は、カナダからの手紙・与作・君のひとみは10000ボルト・いい日旅立ちなどがヒット、レコード大賞はUFO/ピンク・レディーだった年。

僕は、大学のクラブのOBが多く在籍する社会人のマンドリンアンサンブルに入部し、学部ではオーバードクターと”たい肥”の研究をするため、リンデンマークのヘルメットをかぶり、”愛”の文字をいれたヤマハミニトレールにまたがって直江兼続ばりに闘っていた年でもあります。

そんな年の洋楽ポップス年間ランキングTOP5は、


▲ストレンジャー/ビリー・ジョエル(1978年間ランキング第1位)

都会的なサウンドがかっこよく、特にあの口笛にしびれました。


▲恋のナイト・フィーヴァー/ビー・ジーズ(1978年間ランキング第2位)

7月に公開された映画「サタデー・ナイト・フィーバー」が世界的に大ヒット。これによりディスコ・フィーバーが起こります。この映画の主演、ジョン・トラボルタはディスコの代名詞となりました。腰を振りながら真似をしたものです。(^^)v


▲悲しき願い/サンタ・エスメラルダ(1978年間ランキング第3位)

サンタ・エスメラルダは、アメリカ・フランス混成のディスコ・グループ。この曲は64年に作曲されたスタンダードナンバー、ディスコ風のアレンジをして大ヒットしました。


▲夢の旅人/ポール・マッカートニー&ウイングス(1978年間ランキング第4位)

もうお馴染みとなったウイングス。この曲は、かつてビートルズがイギリスでの最多売上記録を有していた「シー・ラヴズ・ユー」を抜いたそうです。


▲ステイン・アライヴ/ビージーズ(1978年間ランキング第5位)

「サタデー・ナイト・フィーバー」の続編「ステイン・アライブ」のテーマ曲。



リンデンピックアップは、次の2曲


▲コパカバーナ/バリー・マニロウ

バニー・マニロウは、アメリカの歌手・作曲家・プロデューサー。彼は70年代にF.シナトラに「次にくるのは彼だ」と言わしめるなど、多くの著名人から高く評価されていました。


▲ハロー・ミスター・モンキー/アラベスク

アラベスクは、西独の音楽プロジェクト。竹の子族などの支持もあり、80年代前期の日本における洋楽の人気の牽引車となり、日本発の人気は韓国・中国語圏などアジアにまで広がりました。一方、本国西独ではほとんどヒットはなかったようです。

そんな時代でした。ではまた(^^)/~ (25)1979年間ランキングTOP5へ
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テーマ : 思い出の音楽
ジャンル : 音楽

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> クリさん

もう子どもが??

ストレンジャーを聴きながら子育てをしてたのか・・・

年季を感じます。お互いにね(^_-)-☆

No title

あ~~、長女が生まれた年か~~(笑)

哀愁を帯びたストレンジャーにしびれましたね~~(子育てに忙しくて、タイムリーにではなかったかもしれないけど)
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