36.ユニークな教師たち

高校時代には、特に世話になった恩師はいないが、ユニークな教師が多かった。

1年のときの担任である「古典」のY先生は、普段はニコニコして授業をするが、ズンダレタ(だらしのない)生徒を見ると豹変し、片っ端からビンタを張った。
忘れもしないある日のホームルーム、Yはいつものようにニコニコと話をしていたが、外でプラプラと歩く上級生を見つけると、窓から飛び出し、彼らを呼び止めてビンタを張った後、何事もなかったように戻りニコニコと話を続けた。
そんなYを放送部が「軍国主義教育」だと糾弾したが、何を貴様ら!と怒って、ビンタで返り討ちにした。

僕が大好きだったのは、「政経」のM先生。入試科目の社会を「政治経済」で受験することを決めたが、それは一つに中学で歴史コンプレックスを抱いていたこと、二つに先に書いた「悩み」のおかげで「倫理社会」が好きだったこと、そして最後にこの先生が好きだったことが理由だった。
夏休みの政経の補習授業は、何故か政経を必須科目とした九州歯科大を受験する3人を入れた5人だけで受講したが僕は嬉しかった。
M先生は、丸い眼鏡をかけた明治の文士みたいな風貌。世の政治をニヒルに批評しながら、ポツリとジョークを言い、フッと笑った。授業中に友人と冗談を言って笑い声をあげると、「君たち、可笑しかったら、ノートにアハハと書きなさい」と静かに言った。

「数学」のB先生は、口が悪かったが生徒には人気があった。間違った答えをする生徒に「夢の続きな?」というのが口癖だった。

ごっつい顔をした「英語」のS先生は、生徒が頓珍漢な答えをすると眼鏡をさっと取り、眼を丸くして「ほぉ、ほぉ、ほぉ~、ホケキョ!」というのが口癖だった。

高校の卒業アルバムに一言メッセージを書けと言われた僕は、「卒業は 夢の続きな ホーホケキョ」と書いた。

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古典のY先生は3年の時の担任だったが、後に家庭科の先生と不適切な関係になり離島に飛ばされた・・と卒業数年後に風のうわさで聞いた。真偽は未だ闇の中(2ちゃんねるか?・・)。
政経のM先生、この人物的な同類な人に、その後まだ会った記憶がない。 授業中に「私は野球に興味どころか恐怖さえ感じます!」と突然のたまい、大受けだった。何が恐怖だったんだろう?(笑) 我々の時代、我が校がホントに奇人変人名物教師の華だったのは、どうやら真実らしい。

あはは~M先生らしい。
あの先生は時津かどっかの人里離れた森の中に住まわれていたという噂は本当??結構、子煩悩だったとか??とにかく謎の人物だった。
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