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第10回日本レコード大賞(1968年)

第10回日本レコード大賞は、1968年(昭和43年)12月21日に渋谷公会堂で行われました。第7回から司会をしていた三木鮎郎は今回までです。その放送そのものがYou-TubeにUPされていましたので、その動画でお楽しみください。


▲日本レコード大賞/黛ジュン「天使の誘惑」

黛ジュン(1948/5/26-)は、1964年に「渡辺順子」の名でデビューするもヒットせず、1967年に石原プロモーションへ移籍。作曲家の黛敏郎のファンだったこととパンチのある意味合いで黛ジュンと改名し、東芝音楽工業から「恋のハレルヤ」で再デビュー。ミニスカートと共にパンチの効いた歌声で一気に注目を集めます。
1968年にリリースされたこの「天使の誘惑」が大ヒットとなり、その年の第10回日本レコード大賞に輝きました。


▲歌唱賞/菅原洋一「誰もいない」

菅原洋一(1933/8/21-)は、国立音楽大学卒業後、1958年にタンゴバンド「早川真平とオルケスタ・ティピカ東京」に参加し、歌手デビューをします。しばらくの間はヒット作に恵まれない不遇を味わいましたが、1965年に発売した「知りたくないの」(元々は「恋心」のB面曲だった)が2年後の1967年に入ってからヒット、80万枚を超える売上を記録し、人気歌手の仲間入りを果たします。


▲歌唱賞/青江三奈「伊勢佐木町ブルース」

青江三奈(1941/5/7-2000/7/2)は、高校在学時から東京・銀座の「銀巴里」でステージに立ちます。高校卒業後、西武百貨店勤務の後、クラブ歌手となり、1966年「恍惚のブルース」でメジャーデビューします。


▲歌唱賞/鶴岡雅義と東京ロマンチカ「旅路のひとよ」

東京ロマンチカは1965年、作曲家の鶴岡雅義が中心となり結成。当初はボーカル不在のため、ゲストボーカルを迎えて活動していました。1967年、「小樽のひとよ」の大ヒットによりメインボーカルとして三條正人が正式に加入します。


▲新人賞/矢吹健「あなたのブルース」

矢吹健(1945/11/1-)は、甲府商業高校卒業後に上京し、作曲家藤本卓也に師事。1968年に藤本作曲のこの曲でレコードデビューします。「ミスティーボイス」と名づけられたハスキーでため息混じりの絶唱スタイルで大ヒットします。


▲新人賞/久美かおり「くちづけが怖い」

久美かおり(1949-)は、高校2年の時、ジャズシンガーを志し、マーサ三宅に師事します。ホテルニューオータニなどでジャズを歌っていたところ平尾昌晃に認められ、渡辺プロに所属します。1968年、映画「ザ・タイガース 世界はボクらを待っている」のヒロイン・シルビイ役に抜擢され注目されます。同年日本コロムビアからこの曲でレコードデビューします。


▲新人賞/ピンキーとキラーズ「恋の季節」
▲作曲賞/いずみたく「恋の季節」(歌・ピンキーとキラーズ)

ピンキーとキラーズは、1967年に15歳で「甘ったれたいの」でビクターレコードからソロ歌手としてデビューした今陽子(ピンキー、1951/11/1-)がキングレコードに移籍し、男性ボーカル4人と1968年に結成したボサノバ・グループ。デビュー盤「恋の季節」のライナーノーツには「セルジオ・メンデスを目指す新進気鋭のグループ」と書かれていたとか。この曲は発売直後から爆発的ヒットを記録し、オリコンで17週間1位(歴代最高記録)となるミリオンセラーを記録し、270万枚を売り上げ、数々の賞を総なめにしました。


▲編曲賞/森岡賢一郎「恋のしずく」(歌・伊東ゆかり)


▲編曲賞/森岡賢一郎「花と蝶」(歌・森進一)

森岡賢一郎(1934/3/4-)は作曲家、アレンジャー。 指揮を平井哲三郎、高階正光、ピアノをポール・ヴィノグラドフ、作曲を團伊玖磨にそれぞれ師事しました。「君といつまでも」「恋のしずく」「ブルーシャトウ」「今日でお別れ」で日本レコード大賞編曲賞を受賞。作・編曲の傍ら、映画やテレビ番組の音楽監督やプロデューサーとして活躍。主な作品に、映画音楽「若大将シリーズ」「宇宙からのメッセージ」「山下少年物語」などがあります。


▲作詩賞/星野哲郎「艶歌」(歌・水前寺清子)

星野哲郎(1925/9/30-2010/11/15)は作詞家。1955年、同人誌「新歌謡界」に発表した「むすめ巡礼」、1957年、横浜開港100周年の歌募集で「浜っ子マドロス」「みなと踊り」が1、2位当選。作詞家への道を開いた。1958年、日本コロンビアと専属契約、1964年には日本クラウンの創設に参加し専属契約、その後1983年にフリーとなり、現在までに創作した作品は4,000を超え、数々のヒット作を世に送り出してきました。


▲特別賞/吉田正

吉田正(1921/1/20-1998/6/10)は、茨城県出身の国民歌謡作曲家。都会的で哀愁漂うメロディーは都会調歌謡と称され、ムード歌謡から青春歌謡、リズム歌謡まで幅広く手掛けました。また、鶴田浩二、三浦洸一、フランク永井、橋幸夫、和田弘とマヒナスターズなど多くの歌手を育て上げ、日本歌謡史の黎明期を支えたひとりとして特別賞を受賞します。生涯作曲数は2400曲を越え、死後の1998年7月に国民栄誉賞受賞します。


▲特別賞/春日八郎「たそがれの砂丘」

1960年代には北島三郎、都はるみ等が台頭し、演歌の全盛期を迎えます。音楽ジャンルとして演歌が定着すると、長年にわたり演歌界をリードしたということで、春日八郎(1924/10/9-1991/10/22)が特別賞を受賞します。


▲特別賞/島倉千代子「愛のさざなみ」

「泣き節」を売り物としていた島倉千代子(1938/3/30-)にとり異色の作品である「愛のさざなみ」が幅広い世代の間でヒットし、特別賞を受賞します。



▲特別賞/ザ・フォーク・クルセイダーズ「帰ってきたヨッパライ」

フォーク・クルセイダーズの解散を記念した作られたこの曲は、ラジオの深夜放送から火がつき、いっきに日本列島を駆け巡り、オリコンで史上初のミリオンヒットになります。このアングラレコードのアイディアと制作に対して特別賞が授与されました。


▲企画賞/日本ビクター(株)LP「影を慕いて」 歌手:森進一

森進一(1947/11/18-)は、「影を慕いて」で古賀メロディーを切々と唄い上げ、またたく間に60万枚の驚異的な売り上げを記録しました。


▲童謡賞/曲名:「ペケの歌」 歌手:長谷川よしみ

▲日本レコード大賞制定10周年記念賞/古賀政男

古賀政男(1904/11/18-1978/7/25)は、昭和期の代表的作曲家であり、ギタリスト。国民栄誉賞受賞者。少年時代に弦楽器に目覚め、青年期はマンドリン・ギターのクラシック音楽を研鑽。大正琴を愛しました。プレクトラム音楽家・「古賀正男」から流行歌王・「古賀政男」になり、国民的な作曲家としての地位を確立。多くの流行歌をヒットさせました。東京音楽学校(現東京芸術大学音楽部)首席卒業のクラシックの正統派藤山一郎から、演歌の女王・美空ひばりまで、その作品は5000曲とも言われています。

▲日本レコード大賞制定10周年記念賞/服部良一

服部良一(1907/10/1-1993/1/30)は、日本の作曲家、編曲家。また作詞家として村雨まさをの名があります。ジャズで音楽感性を磨いた、和製ポップス史における重要な音楽家の一人です。

日本レコード大賞を創設した3人の作曲家(古賀政男、吉田正、服部良一)に10周年を記念した賞を贈られました。吉田は特別賞を受賞。



1968年は、大きい事件が起こります。国内では東大紛争、原子力空母「エンタープライズ」寄港反対運動、川端康成にノーベル賞、三億円事件、十勝沖地震、海外では、プラハの春、ソンミ村の虐殺、北爆停止、キング牧師暗殺、ケネディー議員暗殺など。

テレビは、「キャプテン・スカーレット」「ゲゲゲの鬼太郎」「巨人の星」「サイボーグ009」「お笑い頭の体操」「キイハンター」などが始まります。

僕はこの年、「受けてみるね?」の母親の一言に乗せられて附属中学を受験。合格したものの、市内の各小学校の優等生が集まってきており、自分は井の中の蛙だったことを思い知らされます(笑)。また隣のグラウンドが西浦上中だったので、僕は西浦上小から進学した昔の仲間を何か裏切ったような後ろめたさに苛まれ、そのグラウンドや校舎をずっと気にすることとなります。

そんな年のリンデンピックアップは、


▲エメラルドの伝説/テンプターズ

スパイダース、タイガースとくれば、次はテンプターズでしょう。当時ジュリーとショーケンは若い女性の人気を二分していました。
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テーマ : 懐かしい歌謡曲
ジャンル : 音楽

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>おこめさん

だけん、ゆうたたい。井の中の蛙やったって(笑)

医者の息子や娘がウジャウジャおって、彼らは当時から将来は医者になるって言ってたけど、そんな若いうちから自分の将来を決めて、こいつらバカじゃないの?って思ってた。

でも、彼らは正解だったと、この歳になって分かりましたっ!(笑)

リンデンさんは賢い子やったんやね~


それに比べてこめは…
「おらは死んじまったどぉ~♪…」
プレーヤーの横で踊りながら唄っておるアホな子でした。
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長崎には「墓・坂・馬鹿」が多いと揶揄されますが、「先人(歴史・文化)を敬うハカ・人の苦労(斜面都市・殉教・被爆)を知るサカ・自らを捨て人に尽くす(まつり・地域活動・平和運動)バカ」のことだと解釈し、このハカサカバカ精神で行動しながら、ケルン(記事)を積んでいます。

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