スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

第13回日本レコード大賞(1971年)

第13回日本レコード大賞は、1971年(昭和46年)12月31日に帝国劇場で行われました。司会は、高橋圭三、山本陽子、沢田雅美(司会補佐)、リポーターに小川哲哉(当時TBSアナウンサー)、林家木久蔵、毒蝮三太夫という顔ぶれでした。


▲日本レコード大賞/尾崎紀世彦「また逢う日まで」

尾崎紀世彦(1943/1/1-2012/5/30)は神奈川県茅ヶ崎市出身。父がイギリス人と日本人のハーフ、母が日本人というクォーターです。そのダイナミックな歌い方で、「和製トム・ジョーンズ」と呼ばれました。先々月、肝臓ガンで死去。享年69でした。

この曲の作詞は阿久悠、作曲は筒美京平。リリースされて2ヵ月後にオリコンシングルチャートで4位に初登場し、3週後には1位、そして9週間にわたり1位を守り抜きました。第13回日本レコード大賞と第2回日本歌謡大賞を受賞しました。


▲最優秀歌唱賞/森進一「おふくろさん」

ご存知、森進一の代表曲。作詞:川内康範、作曲・編曲:猪俣公章。2007年に起こったこの曲の改変を巡っての「おふくろさん騒動」は記憶に新しいですね。


▲最優秀新人賞/小柳ルミ子「わたしの城下町」

小柳ルミ子(1952/7/2-)はこの曲で1971年にデビュー。130万枚を売り、この年の年間第1位となりました。作詞:安井かずみ、作曲:平尾昌晃、編曲:森岡賢一郎。


▲歌唱賞/五木ひろし「よこはま・たそがれ」

五木ひろし(1948/3/14-)は、65年にコロンビア・松山まさる、67年ポリドール・一条英一、69年ミノルフォン・三谷謙と移籍を繰り返しますが、売れない時期が続きます。最後に賭けた70年の「全日本歌謡選手権」に10週連続勝ち残り、71年ミノルフォンから再デビューを果たします。「よこはま・たそがれ」はオリコン1位、登場週数46週、65万枚に迫る売上げを記録します。以後の活躍はご承知の通り。


▲歌唱賞/加藤登紀子「知床旅情」

加藤登紀子は「赤い風船」で第8回の新人賞、「ひとり寝の子守唄」で第11回の歌唱賞、今回の「知床旅情」で2度目の歌唱賞を受賞します。作詞・作曲: 森繁久彌。ミリオンセラーとなりました。


▲歌唱賞/渚ゆう子「さいはて慕情」

渚ゆう子(1945/11/8-)は、大阪市出身。ハワイアン歌手としてレコードデビューの後、ベンチャーズ作曲・演奏の「京都の恋」「京都慕情」を日本語の歌詞で唄って、大ブレイクし一躍人気歌手となりました。この曲は筒美京平の作曲です。ベンチャーズファンであった僕は当然のごとく、彼女のファンとなりました。(^^)v


▲大衆賞/鶴田浩二「傷だらけの人生」

俳優として活躍していた鶴田浩二が1970年12月にリリースしたシングルです。マイクにハンカチを沿え、耳に手を当てて歌うその姿は印象的でしたが、これは「手が脂性であったことと、従軍時に耳を傷めて演奏のリズムが取りにくかったことが理由である」と本人が明言しています。


▲大衆賞/堺正章「さらば恋人」

作詞:北山修、作曲・編曲:筒美京平。グレン・キャンベルの「恋はフェニックス」に似ているという説がありますが、どうでしょう?いずれにしろ名曲ですね。


▲新人賞/南沙織「17才」

アイドル歌手・南沙織(1954/7/2–)のデビュー曲です。デビューへ向けたプロジェクトの中で南と作曲者の筒美京平が初めて顔を合わせた際、筒美から「何が歌えるの?」と聞かれた南が、リン・アンダーソンの「ローズ・ガーデン」だけ歌えると答え、これが元になって筒美は「17才」を書いたといいます。確かに似ていますね。

この71年にデビューした小柳ルミ子、南沙織、天地真理が「新・三人娘」と呼ばれました。


▲新人賞/本郷直樹「燃える恋人」

本郷直樹(1950/12/20-)は、陸上自衛官を経てこの曲でデビューします。俳優としても活躍しましたが、2000年脳内出血で倒れ、様々な病魔に襲われ、現在人工透析を受けながら歌手活動を続けているそうです。


▲新人賞/欧陽菲菲「雨の御堂筋」

欧陽菲菲(1949/9/10-)は、台湾出身。67年に台北でデビュー。71年に観光ビザで来日し、この曲で日本デビューし大ヒットを飛ばしました。作詞は林春生、作曲はベンチャーズ。


▲新人賞/シモンズ「恋人もいないのに」

シモンズは田中ユミ、玉井タエの女性デュオ。ともに大阪府出身。シモンズの名前は二人がファンであった「サイモン&ガーファンクル」のサイモン(Simon)をローマ字読みしたものだそうです。高校卒業後に上京しこの曲でデビュー。60万枚を超える大ヒットとなりました。人気絶頂の74年、玉井タエの後藤次利との結婚を期に解散しました。


▲作曲賞/筒美京平「雨がやんだら」(歌・朝丘雪路)


▲作曲賞/筒美京平「真夏の出来事」(歌・平山三紀)

筒美京平はこの13回レコード大賞で、何と「また逢う日まで」でレコード大賞、「さいはて慕情」で歌唱賞、「さらば恋人」で大衆賞、「17才」で新人賞、そしてこの「雨がやんだら」「真夏の出来事」で作曲賞とレコード大賞を総なめしました。


▲編曲賞/服部克久「花のメルヘン」(歌・ダークダックス)


▲新人賞/ジローズ「戦争を知らない子供たち」
▲作詩賞/北山修「戦争を知らない子供たち」(歌・ジローズ)

日本における代表的な反戦歌。大阪万博でのコンサートで初めて歌われました。作曲はジローズの杉田二郎。歌詞が先に出来ており、北山は真っ先に盟友加藤和彦に作曲してもらおうと思ったら、鼻で吹いて突っ返されてしまい、やむなく杉田の元に持って行ったといいます。


▲作詞賞/北山修「冒険」(歌・牧葉ユミ)

北山修(1946/6/19-)は、兵庫県生まれの精神科医、精神分析家、臨床心理学者、作詞家、ミュージシャン。91年から九大の助教授、教授を経て2010年定年退職し、「さよならコンサート」「ファイナルレクチャー」が行なわれました。

▲特別賞/淡谷のり子

淡谷のり子(1907/8/12-1999/9/22)はブルースの女王。


▲企画賞/日本ビクター(株)及び小沢昭一 ドキュメント「日本の放浪芸

▲童謡賞/曲名:「じんじん」 歌手:ひばり児童合唱団



懐かしの70'sPopsの1971年は、(5)(6)(7)(8)を参照していください。

1971年はタイガーズが解散し、沢田研二がソロデビューします。僕は高校1年生。中学3年間やった体操を高校でも続けるか迷いながら、中3の最後に始めたクラシックギターの独学にハマっていきます。

そんな年のリンデンピックアップは、こんな曲もありましたよね


▲天地真里/水色の恋

天地真里のアマチュア時代の貴重な録音です。天地真里のその後の人気はもう語る必要はないでしょう。ただし、現在の姿は見ない方がいいです。これで「新・三人娘」がそろいましたね。

もう1曲紹介させてください。


▲ペドロ&カプリシャス(前野曜子)/別れの朝

ペドロ梅村をリーダーに、71年に初代ボーカル・前野曜子をむかえてメジャーデビューしました。73年に二代目ボーカル・高橋まり(現:高橋真梨子)をむかえリリースした「ジョニィへの伝言」「五番街のマリーへ」などもヒットしました。ちなみに前野曜子は40歳で没しました。 

この70年代は、歌謡曲の黄金時代ではなかったでしょうか。
関連記事

テーマ : 懐かしい歌謡曲
ジャンル : 音楽

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

カレンダー
03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
最新記事
プロフィール

リンデン

Author:リンデン
リンデンの長崎ケルンへようこそ!

長崎には「墓・坂・馬鹿」が多いと揶揄されますが、「先人(歴史・文化)を敬うハカ・人の苦労(斜面都市・殉教・被爆)を知るサカ・自らを捨て人に尽くす(まつり・地域活動・平和運動)バカ」のことだと解釈し、このハカサカバカ精神で行動しながら、ケルン(記事)を積んでいます。

あなたもよかったら、ケルン(コメント)を積んでいってくださいね。

facebook
twitter
mixi
freeml
you-tube

カテゴリ
最新コメント
リンク
月別(表示数指定)
検索フォーム
FC2カウンター
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

RSSリンクの表示
QRコード
QRコード
フリーエリア
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。