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長崎の鐘を鳴奏会(第2日)

「長崎の鐘を鳴奏会」二日目、この日も暑かった。

平和祈念式典内で11:02に鳴らされる「長崎の鐘」の予行練習と並行して実施した。

平和祈念式典の入り口に向かう通路には、被爆写真が展示されている。

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▲長崎原爆を搭載したB29爆撃機「ボックスカー」。テニアン島から飛び立ち、当初の投下目標小倉から長崎に変更され落とされるまで、様々な偶然が重なった。一度読んで欲しい。⇒長崎市への原子爆弾投下

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▲長崎原爆の模型。通称「ファットマン」。プルトニウム型原爆。ちなみに広島のウラン型より1.5倍強力。

「マンハッタン計画」で国家予算20億ドルをかけて開発された原爆は、その効果を確かめるため、戦争被害を受けていない平らな市街地が選ばれた。長崎は盆地なので、その効果を得られにくいまちではあったのだが・・・

現在、アメリカ人の6割超が「原爆は戦争を終わらせるために必要だった」と考えている。
しかし、それは間違いである。

この原爆を落される前から日本は降伏を模索していた。日本の降伏条件に国体(天皇制)の維持が盛り込まれていれば、日本は3カ月前には終戦を迎えられたはずだった。

だが米軍は2種類の原爆のその効果を確かめるまでは、終戦を迎える訳にはいかなかったから、わざとその条件を外した。アメリカ国内でも原爆を使用することに様々な反対意見もあったのだが。

一方で日本軍もその投下極秘情報を得ていたのに活かされなかった。


原爆投下 活(い)かされなかった極秘情報 投稿者 gataro-clone

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▲米軍機から撮影したきのこ雲。8分30秒後には約9000mに達したという。この雲の下で僕の母は宙を舞った。

このグラウンド・ゼロの惨状を知っていれば、投下国アメリカも少しは考えを変えたに違いない。
特に放射線の影響がこんなにも長期的に人間の体を蝕むとは予想できなかったらしい。

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▲爆心地付近の丘。左の建物は城山国民学校(国の文化財に指定される予定)。後方は岩屋山(現在僕はその中腹に住んでいる)。

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▲この赤い服を着た美人はスイスから来たと語った。

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▲長崎県被爆者手帳友の会の皆さんとオランダからきた方々と記念撮影。「長崎の鐘」ストラップを差し上げたら、オランダ木靴のアクセサリーをいただいた。


この活動をやっているとどんな人々が毎年、平和祈念式典に訪れるかが分かる。

今年も、ルース駐日大使、この原爆投下の命令を下したトルーマン元大統領の孫も参列した。

3年前、シアトルから来た”懺悔の旅”の方に「来年はオバマ大統領にぜひ」と告げたこともあったが、少しずつ米大統領参列が現実化しているようにも感じる。

人はまず「知る」ことから始めなければならない。

 ⇒第3日
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長崎には「墓・坂・馬鹿」が多いと揶揄されますが、「先人(歴史・文化)を敬うハカ・人の苦労(斜面都市・殉教・被爆)を知るサカ・自らを捨て人に尽くす(まつり・地域活動・平和運動)バカ」のことだと解釈し、このハカサカバカ精神で行動しながら、ケルン(記事)を積んでいます。

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