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ド・ロ神父が蒔いた種

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▲ド・ロ神父像。マルコ・マリ・ド・ロ神父はパリ外国宣教会の宣教師として1868年に来日してから1914年に亡くなるまで一度も故郷に帰ることなく、私財をなげうって日本、特に長崎の貧しい人々のために自分を捧げた司祭である。

明治12年に出津に赴任したド・ロ神父は、キリスト教の布教活動や貧困に苦しむ人達のための社会福祉活動に尽力した。

彼が設計・指導した出津教会大野教会出津救助院などは「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」の暫定リストに掲載されている。

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▲国の重要文化財・旧出津救助院。授産場、マカロニ工場、鰯網工場の3施設などからなる。最近修復作業が行なわれ、新たな作業所が企画され、来春正式にオープンする。

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▲左手はマカロニ工場。

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▲授産場。1階は広い部屋の作業場。2階は修道女の生活場所、礼拝堂として使われた。

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▲鰯網工場(ド・ロ神父記念館)。丁度バスガイドの研修が行なわれていた。


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出津教会。明治15年完成。

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▲ルルドの聖母マリア像。教会の裏手にある。右の写真は、出津救助院から教会につながる路。途中ド・ロ神父が使った井戸がある。

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▲ド・ロ神父像と中村近蔵翁像

パウロ・中村近蔵は、郷土の出津で、マルコ・マリ・ド・ロ神父を始めとする歴代の神父の片腕となり、教徒の宗教、教育、教会の運営に尽力された人物である。

暑い夏が過ぎ、秋の訪れを感じるこの出津で、復活キリシタンの栄光の歴史のうえに、また新たな歴史が芽生えようとしている。
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テーマ : 長崎
ジャンル : 地域情報

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長崎には「墓・坂・馬鹿」が多いと揶揄されますが、「先人(歴史・文化)を敬うハカ・人の苦労(斜面都市・殉教・被爆)を知るサカ・自らを捨て人に尽くす(まつり・地域活動・平和運動)バカ」のことだと解釈し、このハカサカバカ精神で行動しながら、ケルン(記事)を積んでいます。

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