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イジメ問題

昨年からずっとメディアが取り上げている「イジメ問題」。

この問題について、いろんな立場の人が、いろんな所で持論をぶっている。
でも何かしら心に響いてこない。
何故だろう?僕はその理由にはいくつかあると思う。

まず一つは、その人自身がイジメに手を染めたことはなかったか?について語らないからだ。
誰しも子どものころには、きっと大なり小なり経験があるのではないかと僕は思う。

僕だってある。友だちとあいつは最近生意気だと言って「○×を無視してイジめる会」なるものを作り、ある期間、彼を無視したことがある。
あまり罪悪感もなかったし、彼もどの程度傷ついたのか、そのうちこちらも耐えられなくなって、すぐに仲直りした。要は程度と修復力の問題なのだ。

そのイジメをしたときの自分の心境について思い起こすとき、この動機については根が深いと思うし、そう簡単ではないことに気付くはずだ。
その辺をなおざりにして、語らず、きれいごとばかり並び立てるから説得力がないのだ。

そんなに人間は美しい心ばかり持ってはいない。特に道徳や社会性を身に付けていない子どものころには尚更だ。
子どもは残酷だというのはよく聞かれる言葉。それは人間の本性に近い行動をするから、要するに教育されていないからだ。
嫌いな奴を攻撃し、厭な奴は仲間から外す。ひょっとしてこれは国単位でもやってることじゃない?

本来、人間はそういうものだと認識したうえで、じゃどうするかを語らないから説得力に欠けるのだ。勿論、だからこそ「教育」の問題が出てくるわけだ。

スマ・ステーションがイジメ問題を取り上げ、ヤンキー先生が出演し、いろいろ語った後、シンゴが番組の最後に彼に質問した。
「僕、いじめた経験あります。難しいですよね~?ヤンキー先生はないですか?」
彼は語らず逃げた。ヤンキーと名乗るからには当然あるはずだろうが、政府の教育再生会議のメンバーなんかしているものだから、とっさに言葉に詰まったのだろう。
僕は、彼こそやった側の立場になって、経験談を言うのが彼の役割ではなかったのかと思う。彼に比して、シンゴの勇気と感性は優れていると思った。

それからもう一つ。現在のイジメ問題は、被害者の脆さを語っていない。
当然加害者が悪いから加害者を責め立てていいのだが、もしかすると、簡単に自殺をしてしまっている被害者もいないだろうか?
僕は「イジメ問題」というより、「自殺問題」といった方がいいような場合もある気がしてならない。

あまりにも殺伐としてきた現在の日本。大人だって自殺者が増加しているこの時代。多感な子どもたちにそれが伝染しない訳がない。
イジメは直接的なきっかけかもしれないが、この社会に自殺を思いとどまらせるだけの魅力がないと思ってしまうのも事実だ。本当はそうじゃないのだが・・

「イジメ問題」には以下のような要素があり、非常に多元的でそれらが複雑に絡み合っていると思う。

1.それを芽生えさせ、また醸成させる社会状況と周囲の環境(心の喪失、教育の無力化)
2.加害者の動機とその罪の意識(道徳感の欠如、軽薄化)
3.そのイジメの手法(ゲーム感覚、陰湿化)
4.被害者の心情、捉え方、耐性(脆さ)
5.その重大な結果(自殺)

そして現在の日本は、これらのすべてが悪化し、悪循環を起こしていると思う。

特に、経済至上主義、競争原理をまだまだ煽る政府に、やはり最大の責任がある。
世の中すべて銭金よ。他人を押しのけてでも、自分が勝ち組にならなきゃ、生きてく価値はないよと責め立てる国のどこが”美しい国”なのだろう。

今、立ち止まり、後戻りすることも厭わない勇気を持てないだろうか?
「お金で幸せは買えない!」と書くと、きっと反論があるのだろう。
では「お金が少々なくても幸せに生活できる社会」は実現できるような気がするのだが?
そんなところから世直ししていかない限り、イジメなんてなくなる訳がない。

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イジメのことはね・・・・
語ろうとするとおそら多くのオトナの口が重くなると思うし、触れることに勇気がいると思うな・・・
小学生のとき、よくある話だろうけれど、突然の「ムシ」をされて、驚いてパニックになって、「死にたい」と思いましたね。
今の時代だったら、本当に死んでいたかもしれない。今は周りの子どもたちがいじめられたら死んでいるから。
当時はそんな話題はなかったから、死ななかったけれど(笑)、その時の恐怖のトラウマは、その後何十年も、夢の中に現れ続けました。
言いようのない恐怖、どん底の悲しみ・・・、その夢を見なくなったのは、ようやく最近になってからよ。
じゃ、自分はいじめなかったかと言うと、そうじゃない。友だちをいじめましたね。
妙な共同体のようなものがあって、誰かをいじめている間は、絶対に自分はいじめられない。だから安心していられる。
で、いつの世にも、要領のいいリーダーがいて、その人だけは絶対にいじめられない。挑発先導して、仲間を混乱させる。
そうだな・・・ここまで書くのにも、結構こころの奥底をかき乱さないといけないので勇気がいるし、つらい・・・だから、オトナの口が重くなるのも、しようがないとも思う・・。
でも、だからといって口をつぐんでいたのでは解決出来ないとも解っている。わたしが味わったような悲しみを、幼い子どもたちに味わわせたくないからね・・・。

口は重たいけど、本当にそれを問題として解決を図ろうとするなら避けては通れないと思う。
「イジメ」の定義が問題になってくるけど、人と人がコミュニケーションと取る中で、いつも仲良く付き合うことばかりじゃない。相手を責めたり、けなしたり、ときには無視したりすることはあるさ。そういったせめぎあいをする中で人は学んでいくと思う。社会というものを。
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