47.留年と放校

とにかく自由奔放な日々を送った教養部の1年半。

好きな一般教養科目の単位は早々と取得したのだが、必須単位の数学・物理化学・ドイツ語などの単位が足りず、当然のごとく留年が決定した。
特に理系の必須科目が全くつまらなくて授業を受けなかったのだ。高2のときに進路に悩んだことが今更ながら思い出された。

ひとつには、浪人して入ってくる友人も多い中、一応現役で入ったから、長い人生の中の1年ぐらい、思い切り好きなことをするのも有意義なことではないかという勝手な解釈(甘え)があったことも否めない。
その思いっきり好きなことが、ほとんど麻雀だったというのはいかがなものか・・この時期に海外留学でもしとけば・・と思ったのは当然、後の祭り。

こんな考えだから、留年中も全くいつもの怠惰な生活は変わらず、というより益々その生活は荒れていき、不足単位はいつまで経っても減らなかった。
そして1年後、ついに再留年が決まってしまった。

両親に報告すると、さすがに母親は「遊ばせるために大学にやったんじゃない!」と嘆き悲しみ、父親は「仕送りは止める」ときっぱりと言った。当然のことだ。最初に留年したときに「2度としない」と誓っただけに、全く返す言葉はなく、ただうつむくだけであった。

どん底の2留生活が始まった。

さすがに落ち込んだ。俺は一体、何をしてるのだろう。そして何をしたいのだろう・・
あの高校時代の人生の悩みが甦った。内向的な人間を捨て、多彩なこの世の眺めを楽しんでやろうと決意したのに、いざ自由な日々を獲得し、やりたい事をやっても、何故か満たされない虚しい日々が続くばかりなのだ。

何て俺は弱いのだろう。自己嫌悪に陥り、自らを追い込んだ。悩む一方で、享楽的な毎日に溺れた。
バイトでなけなしの生活費を稼ぎながら(母親は密かに仕送りを続けてくれた・・泣)、ギター麻雀や酒やタバコに浸り、同じように2留をした友人Mと夜な夜な飲んで、語り歌い、何とも虚しいため息をつきながら、傷を舐めあった。
女性問題にも悩み、もともと55kgぐらいしかなかった痩せた体がどんどんやせ衰え、46kgまで落ち込み、若白髪が出だした。

大陸から玄界灘を越えてくる博多の北風は強くて寒い。体の芯から凍え、強風に煽られてふらついた。

2留しても単位が取れないと放校になるという入学後に知った現実が迫ってきた。
放校とは中退とは違う。自分の意思で退学するのではなく、大学側から貴方は大学で勉強を続ける資格がありませんと通告されること。そして高卒に戻るってことだ。さすがに、それだけは避けなければならない。

それでも懲りずに全く受講していなかった必須科目の数学の授業。これを取らないと放校が決まってしまう。さすがに試験ぐらいは受けないとと思い、最後の授業に行ってみた。
しかし教室には誰もいない・・・

あわてて、担当の先生を調べ電話した。
受話器の向こうで、北九州に住むという女性の先生が「試験は前の週で終わりましたよ」と、愕然とする答え。
「えっ!!、し、知らなかったんですが、試験を受けさせてもらえませんか??」
「あなたは・・・出席日数が足りませんねぇ~」
「私、これを落とすと放校になるんです。何とかなりませんか??」
「そんなこと、知るもんですかっ!!」
「・・・」

公衆電話ボックスで受話器を置いたとき、ついに決まったと思った。「高卒だ・・」

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