50.待ちわびたキャンパスライフ

六本松キャンパス(教養部)から箱崎キャンパス(農学部)へ移るとき、「進学式」なるものがあった。

僕は学生運動の封鎖で入学式は出られなかったし、成人式はどうでもよくて出なかったから、高校の卒業式以来、3年半ぶりに出席する「式」であった。
ちなみにその後、卒業式も出なかったので、これが大学時代の最初で最後の「式」となったのだが。

式というのは不思議なもので、一応心の区切りがつくものだ。
この進学式は、僕にとっては事実上の入学式。遅ればせながら、やっと大学に入ったような気がしたものだ。

現在の大学制度がどうなっているのか知らないが、果たして教養部は必要なのだろうか?少なくとも僕には合わず、ドロップアウトしそうになった。

大学時代の下宿は、六本松→別府→原田→網屋町1→網屋町2と、6年間で5回も変わった。

入学したときは、六本松の教養部の裏門のすぐ前にあった間貸し(6畳)。ここには親友Tと一緒に選んで入った。夢と希望にキラキラ輝いていた時代だ。この下宿のおばちゃんにはよくしてもらったのだが、女性を入れて周りに迷惑をかけたので、1年で別府の鳥飼駅の裏の安アパート(6畳1K)へ引っ越した。

この別府のアパートで乱れた留年時代を過ごし、これじゃダメだ、本学に行かねばと翌年、原田の間貸し(3畳)に移るも、再留年。
最悪の時代は原田で過ごした。原田橋の上を通るとき吹き付けるシベリア大陸の風は、体の芯まで冷えたものだ。

その後網屋町(4畳半)に移り、本学へはここから通った。網屋町ではすぐ隣にマンクラの先輩がいて、先輩が出た後にそこ(6畳)へ移り、卒業まで過ごした。

農学部キャンパスへは網屋町から原付で通学した。

原付といっても今は懐かしいホンダのミニトレール。ガソリンタンクを盗まれてしまったので、中古のトッツァンバイクのタンクを取り付け、ボディを自分でダークグリーンに全面塗装した。勿論ヘルメットも同じ色にし、バイクとヘルメットにオリジナルデザインの「リンデンマーク」を入れた。
ウィ~~~ンと甲高い音を立ててキャンパスをぶっ飛ばすその姿には、きっと後ろ指を差されていたに違いない。

この「愛車リンデン号」はタンク容量が15リッターぐらいあり、リッター40kmは走ったから、満タンにすれば600km走った。博多から楽々長崎を往復できる計算だ。一度トライしたが、めっちゃ疲れた。。。

進学したときの農業工学科機械専修に教授は不在。助教授、助手と若干のオーバードクターがいた。ベトナムからの留学生も2人いた。ランバン・ハイさんとトランタン・グエンさんだ。グエンさんと、のちに2つめの卒論をすることとなる。同僚は7~8人だったが、気が合う仲間になった。

下宿と研究室との間を毎日、愛車リンデン号で往復する「本当に待ちわびたキャンパスライフ」が始まった。

関連記事

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

学生時代は、弾けていたんですね(笑)
確かに、式って色々な意味で腹を決める場所って僕も思います。
これからの学生生活のエピソードを楽しみに読ませて貰いますね!

イックンさん、ケルンありがとう!
ちーとも面白くないフツーのおじさんの話だけど、我慢して聞いてやってちょうだい![:ウィンク:]
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
最新記事
プロフィール

リンデン

Author:リンデン
リンデンの長崎ケルンへようこそ!

長崎には「墓・坂・馬鹿」が多いと揶揄されますが、「先人(歴史・文化)を敬うハカ・人の苦労(斜面都市・殉教・被爆)を知るサカ・自らを捨て人に尽くす(まつり・地域活動・平和運動)バカ」のことだと解釈し、このハカサカバカ精神で行動しながら、ケルン(記事)を積んでいます。

あなたもよかったら、ケルン(コメント)を積んでいってくださいね。

facebook
twitter
mixi
freeml
you-tube

カテゴリ
最新コメント
リンク
月別(表示数指定)
検索フォーム
FC2カウンター
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

RSSリンクの表示
QRコード
QRコード
フリーエリア