59.夢破れて

半年して「試作」に配転となった。

「完成検査」が組立ラインの最終工程なら、「試作」はラインの前段階ともいうべき部署だ。
設計から下りてくる図面を実際に形にしてみて、問題はないか、果たして製品化できるかを検討する。

だからボール盤、旋盤、フライス盤、プレス機、サンダー、溶接機など様々な工作機械を使う必要があった。
僕は何の資格も講習も受けないまま、いかにもできるような顔をして、見よう見まねで使いこなした。
また簡単な部品の開発を手がけさせてももらった。「設計」にも顔を出した。

「ものづくり」は、現場の細部を知っていなければ、いいものができない。
僕は最終的には「設計」をするのが夢だったのだが、現場を知らずに図面は引けないのは充分に分かっていた。

そういう意味では、よく勉強させてもらっていた。
たまに歯切(歯車を削る)ラインに入ったりもした。

しかし、一方で会社の悪いうわさは絶えず、このまま続けようか、いっそ止めようか悩んでいた。

いずれにしろ、自己啓発は続けなければと、「自動車工学」の専門誌を定期購読し、英会話のラーニングシステムをローンで購入し勉強を始めた。
また、行動範囲を広げようと、中古の三菱ギャランをこれもローンで購入した。
薄給の中からのローンの支払いは大変だった。
給料日にすでに1万円足らずしか手元に残らなかった。それで1カ月を過ごした。

そのうち会社を辞める人間が続々と出てきた。
仲がよかった同期の三重大卒の友人Nも、早々と見切りをつけ、大学に戻って修士課程に入ると、入社した秋には受験し、見事合格。翌春の退社を決めていた。

周りの知った者がどんどん辞めていくと不安になるものだ。正直、焦った。
僕はいつまで頑張ろうか・・
石の上にも三年というが、三年はとても持たないかと思われた。

僕が信奉していた、新しい建設機械を一人で設計されていた優秀な中堅社員が、他社に移ったと聞き、「あぁ・・ここも、これで終わったな・・」と思った。
そして僕もついに覚悟を決めた。

翌年5月。辞表を提出した。
上司から、「君の希望(設計への配転)を聞くから残らないか?」と慰留された。
(もう・・そんな遅いよ)


短い間だったが、お世話になった寮のオバチャンたちに礼をいい、英会話の教材や身の回りの道具一切を中古のギャランに詰め込んで、寮を逃げるように、後にした。

国道一号線を草津~大津~京都~大阪と南下し、神戸~北九州の阪九フェリーに乗り、九州を目指した。
ハンドルを握りながら、たった1年1カ月だった滋賀での初めての社会人生活を振り返った。
次のことは何も考えてなかった。長崎から出直そうと漠然と思った。

辿り着いた神戸港。
乗船したフェリーが桟橋を離れ、港から徐々に遠ざかっていく。
汽笛が鳴り、港内に響き渡った。
そのとき、自分の夢は破れたんだということを実感した。
途端に涙が溢れ出てきて、港の光景が霞んでいったのを、今でも忘れない。

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会社を選ぶ決断もそうだけど、それ以上に辞める決断は相当な
勇気が必要だったと思います。自分も辞めたいと思いつつも17
年目なので、あにじゃさんの決断はスゴイと思う。
また、こみ上げてくるのを抑えられないで、素直に流せた素直な
感情が素敵ですね!!

イックン、17年勤めたら、大したもん。
それだけ勤めてたら、中々辞められないよ。今の僕もそう・・(^^ゞ
どんなことでも、一生懸命考えて結論を出せば、後悔することはないよ。

会社を辞める決断、たいへんだったでしょう。
私も昭和62年7年間勤めた商社を辞めるときは、
先のことまで考えがおよばなかったです。
その時自分が判断して決めたのですから
それがベストだと今でも思っています。

決断はよかったのではないでしょうか。
若きあにじゃの哀切が伝わってきます。
おかえい~^^
帰ってきたのですね。

そうだよね~~。
先のことまで考えられるんなら、最初から悩まんよ(笑)
悩んで悩んで悩みぬいて、最後は自分自身で結論を出せば、自分が納得できる。それでいいんだよ。
人生万事塞翁が馬だからね!

良し悪しは分からない。ただ後悔はないってだけよ。
おかえり~~ってものすごく嬉しいけど、実はまだ先があっとさね。
もちっと我慢して、読んでね~~(笑)

今の我々の工場も そんな状態だ 若手が辞めていく 年よりも勇気のある人は辞めていく 私はやめられない 借金あるし その技術を使える業界は他にない あっても海外だ 嫌な国の会社から誘いはあったが 使い捨ては見え見えだ 新しい技術開発をやっているが なんとなく 一人で寂しい。。

頑張れ、リューメイ[:=3:][:=3:][:=3:]
きっといいことがある。
仕事だけが人生じゃない。
心に歌を[:カラオケ:][:デート:]

あにじゃさんの退職された会社を、就職先に検討してますが、
やはり現在も、長期的にそれなりに安心して勤める会社としては、現在会社自体はしっかりしていても、従業員にとってはヤバイのでしょうか?数年前にリストラ等もあったみたいだし・・。

りょうさん、コメントありがと。
実は社名を実名で書くといろいろ問題かなぁ~と思いながら、
でももうだいぶ前の話だし、ウソ偽りのない話だし・・と思って書いてしまいました。多分今後も書くけど。
僕はあの退社以来、全く違う業界にいったので、あの会社のその後のことはよく知らないのです。
ただ辞めて数年して日立建機に吸収合併されたと聞き、やっぱりか・・とそのときは思ったのですが、髪の毛も真っ白くなってしまった今思えば、会社の浮沈なんてどの会社にもあることだし、リストラだって珍しくないし、あの会社が一番苦しかったろう時期にさっさと逃げてしまった恥ずかしさというのも、実は僕の心の中にあるんだよ。
あのとき、じっと我慢して乗り切った仲間が、今きっと幹部になって頑張っていると思う。そういう彼らは素晴らしいと思う。
人間万事塞翁が馬。特に先が読めないこの不透明な時代にあって、誰もここが絶対いいなんて言えない。
要はあなた自身がどう考え、どう努力し、どう対処していくかだけだと思う。
ごめんなさい。偉そうに言って。
少なくとも日立グループはしっかりしたグループだし、僕はすすめるよ。実はあの会社好きだったんだ・・
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