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94.憧れの欧州旅行(14)~旅の終わり~

1989/8/12、いよいよこの旅も終わりに近づいた。

今回は英語と音楽をテーマにした旅だったから、この音楽の都ウィーンで締めくくるのは最適の設定だ。

音楽の都と呼ばれるのは、モーツァルトを始めとする数々の有名な作曲家や演奏家が活躍した街だからだ。ベートーヴェン、ハイドン、ブラームス、ヨハン・シュトラウス、シューベルトなど数え上げればきりがない。

それぞれの記念館にも行きたかったのだが、ウィーンはハプスブルグ家の帝都として発展し、すばらしい遺産が残されている。午前中はそれらの遺産を巡ることにした。

旧市街を取り囲むリング(環状道路)周辺は建築物の博物館、「ハプスブルク王朝のショーウインドー」と称される。

朝からホテルを出て、路面電車1番で右回りに回った。ギリシャ神殿風の国会議事堂、ウィーン市庁舎(rathaus)、ウィーン大学、ヴォティーフ教会コンツェルトハウス楽友協会(ムジークフェライン)の二大コンサートホール、キュンストラーハウス、国立オペラ座など次から次に美しい建物が並んでいる。

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 ▲国会議事堂(「パラス・アテナの泉」がある)像は英知の女神・アテナ


次に「ハプスブルク王朝の夏の離宮」であるシェーンブルン宮殿へ向かった。オペラ座から地下鉄U4に乗ってシェーンブルンで降りる。

駅を出るなり広大な庭園が広がる。宮殿は、バロックの巨匠、ヨハン・ベルンハルト・フィッシャー・フォン・エルラッハによって、17世紀末に建てられた宮殿建築の傑作だ。写真はココを参照されたい。

マリアーテレジア女帝やエリザベート皇后(シシィ)の暮らした豪華な部屋の数々が、見学コースとして公開されている。内部は撮影禁止だ。

6歳のモーツァルトが訪れたのはシェーンブルン宮殿の「鏡の間」。ここで演奏を終え、宮殿の床で足をすべらせて転んだモーツァルトを助け起こしてくれたのが、当時7歳のマリー・アントワネットだった。この小さな皇女に感謝する意味で「大きくなったらボクのお嫁さんにしてあげる」と言ったというエピソードはここで生まれた。

宮殿の贅を尽くした豪華さ、庭園の広大さには圧倒される。後日訪れることとなるパリのヴェルサイユ宮殿にしろ、当時の国王の経済感覚は本当に庶民とはかけ離れていたに違いない。だからこそ革命が起こったのだろうが。

庭園の小高い丘には、見晴台であるグロリエッテがあり、ここから望むウィーンの街並みが美しい。

shoenbrunn.jpg
 ▲シェーンブルン宮殿のフランス式庭園(丘の上にグロリエッテ)↑クリックで拡大

シェーンブル宮殿とその広大な庭園は、世界最古の動物園を含め、すべてがユネスコ世界文化遺産に指定されている。

次に向かったベルヴェデーレ宮殿は、オイゲン公の夏の離宮。この構内に作曲家ブルックナーが晩年を過ごした邸宅がある。

belvedere.jpg
 ▲ベルヴェデーレ宮殿


二つの宮殿を満喫した後、午後からオペラ座の見学ツアーに参加した。総合芸術であるオペラの舞台裏を細かく見せてくれる。

ベートーベンが晩年を過ごし、遺書を書いた町、ハイリゲンシュタットにも行ってみた。地下鉄U4の北の終点だ。その遺書は「ハイリゲンシュタットの遺書」として名高い。和訳はココ

heiligenstadter.jpg
 ▲ハイリゲンシュタットの遺書(↑クリックで拡大)


ベートーベンが作曲のために散歩した径(Beethoven gang)を歩いてみたが、残念ながら何の曲想も浮かばなかった。。。

beethoven_st.jpg
 ▲ベートーベン像


ハイリゲンシュタットからカーレンベルクの丘に登って、ウィーン市街を望んだ。
ドナウ川が美しい。音楽で会話している街ウィーン。ザルツブルグとは違う円熟の薫り高い街だ。

wien.jpg
 ▲ウィーン市街 (↑クリックでパノラマ写真)

最後は旧市街へ戻り、市立公園を散策しこの旅を締めくくった。
公園内には、生涯の多くをウィンナワルツの作曲に捧げ、「ワルツ王」と評されるウィーンの代表的作曲家ヨハン・シュトラウスの像があった。

JohannStrauss.jpg
 ▲ヨハン・シュトラウス像


7/24に日本を旅立ち、ベルギー、イギリス、スペイン、ドイツ、オーストリアと巡った3週間の旅もついに終わった。思う存分に楽しんだ。

千葉での楽しかった思い出、つらかった汗と涙、すべてのものを昇華させ、また新天地を求めて日本へ向け飛び立った。

新天地と言っても生まれ育った長崎の地だ。何が僕を待っているのだろう。

この真っ白な雲海を見下ろしながら、悔いはなかった。
そして、一生懸命生きていけばまた何とかなるという自信だけは、しっかりと生まれていた。

きょうは8/13だ。長崎ではお盆が始まっているだろうな・・・

sea_of_clouds.jpg


     (憧れの欧州旅行は今回で終わります)
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ウィーンですか、旅の最後を締めくくるにはもってこいの街ですね。
この街だけでも一週間くらいは楽しめそうですよね。
新天地として帰ってきた長崎で、もうすぐまた新しいステップに入る訳ですよね。
でも、アニジャはたくさんの仲間がいるから幸せだと思いますよ。

あにじゃさんどうも。
きょうも、一気に見て、読んでと楽しませて頂きましたよ。
ウィーンと言えば、オーストリアだよね?
残念ながら、この国に関しては、音楽の都ウィーンしか知りません。
こう言う人多いかも。
これだって言うのが、これ以外に思い浮かばないのです。
後は歴史的に、皇帝が打たれて、第1次世界大戦のキッカケになった国だったっけ?
地図を見ると、ヨーロッパの真ん中にあるんだね。
私には、それくらい、印象が薄いです。
でも写真を見ると、ヨーロッパって感じ。
ま~スイスみたいに自然が豊富な所なんでしょうね。
音楽を楽しむには、最高の街なんだろうな~。
とにかく、当時、思い切って旅行へ出かけたのは、正解だったと思います。
自分を見つめ直すキッカケと、世界を見て見聞を広めるの両方が出来たと思います。
あなたの年齢の、この時期って、普通の人は、絶対3週間も休めないもの。
仕事をバリバリとやってる年齢だからね。
病気は大変だったけど、それが無かったら、この旅は無かったかも。

今回行った所は好きなとこばっかりだったから、いくらでも楽しめると思うよ。いつかまた行きたいと思ってる。
いい仲間がいるのは本当に財産だと思う。みんなに感謝してるよ。イクローもその中の大事な一人です[:ワーイ:]

皇太子夫妻が暗殺されたのがきっかけでしたね。確か。
アルプスの山々はそりゃまた美しかったです。登ったわけではないけれど。
いい旅しました。病気しなかったら、どうなってたでしょうね?人の行く末は本当に分かりませんね。
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