県内の旅2008~雨の五島列島

梅雨の真っ只中、6/19,20と出張で五島列島を巡った。入梅前に回りたかったなぁ。

目指すは五島市新上五島町小値賀町の各役場と教育委員会。

さて、どう回ろうか。航路マップを眺めながら悩む。



五島列島の情報はこのサイトが詳しい。

昨年の例を参考にしながら、いろいろと調べてみたが中々効率的なルートが見つからない。日帰りはまずできない。じゃ、どこで宿をとるか・・・

とりあえず、行ってみるか!ここがオプティミストのいいところ。


福江港(五島市)へ

長崎港ターミナルから、朝7:40発の九州商船のジェットフォイル「ぺがさす」で、福江港に向かう。曇り空。海も少々荒れていたが、さすが「海の上を飛ぶ船」、揺れない。1時間25分もあっという間だ。

福江港に着くと、最初に迎えてくれたのが至る所に掲げられた「アイアンマン・ジャパン・トライアスロン」ののぼり。そうか、22日(日)が本番なのだ。


五島市役所と福江小学校で用事を済ませ、また港へ戻る。


 ▲石田城跡(歴代五島藩主の銘版とアイアンマン・ジャパンののぼり)


笛吹港(小値賀町)へ

10:40発の野母商船のフェリー「太古」に乗る。上五島、小値賀を通って、博多へ向かう大型フェリーだ。

上五島(青方港)で降りる手もあったが、そのまま小値賀まで乗船することにした。

この太古のルートで見逃せないのは、中通島と若松島にかかった若松大橋の下をくぐるとき。若松瀬戸にひっそりと佇む白亜の若松大橋に思わず見とれてしまう。


 ▲若松大橋をくぐった後に


福江から北上していく太古は3時間後、13:40に小値賀の笛吹港に着いた。

懐かしい。ここを訪れるのは一昨年から3度目。市町村合併の流れに巻き込まれない自立性の高い、僕の大好きな島だ。


 ▲笛吹港でこの看板が迎えてくれる。


この島は、旧石器時代から人が住んでいた歴史、おぢか国際音楽祭にみられる文化、自然を大切にしながら町おこしをするアイランドツーリズムにみられる郷土愛は、他の島から抜きん出ている。

米国の国際親善団体「ピープル・トゥ・ピープル」(PTP)が企画した世界の“修学旅行”先ランキングで、平戸市や小値賀町を訪問する「長崎コース」が世界一に選ばれたぐらいだ。

用事はすぐに済んだ。しかし、上五島まで戻る便が夕方までない。天気が良ければ島内を散策するのだが、ターミナルで時間が来るのをひたすら待った。


有川港(新上五島町)へ

18:22発の五島産業汽船の高速船「えれがんと」で、中通島の有川港へ向かう。



 ▲右手は中通島。雨が強くなった。波が荒い。


30分ほどで、有川港に着いた。当日予約した和風ペンションに向かう。

観光協会から、民宿とこのペンションを紹介されたのだが、1階が居酒屋だと聞いて何となくこっちを選んだ。

しかし部屋に入ると何か湿っていてカビ臭くて、後悔・・・だが夕食を食べた途端、心変わり。やたら刺身が美味いのだ!何と現金な。

長崎に住んでいると、刺身が美味いのは当たり前だが、ここの刺身はまた格別だった。今、イサキが旬だ。

おかげで生ビールも進み、腹一杯になって部屋で寝っころがっていたら、今度は、足がツリ始めて大往生。あ、あ、あぁ~~~!!

泣いたり笑ったり・・・


 ▲旧有川町。ペンションまでの道すがら。静かな漁村だ。


翌日、新上五島町を回らなければならない。教育委員会は新魚目、町役場は青方にある。長崎に帰る港は鯛の浦だ。

う~~ん、どうやって回ろう。バスは本数がなくて不便だし、レンタカー借りるにも現在、紛失のため無免許。

仕方なしにタクシーで移動した。でも車中、地元の運ちゃんといい話ができた。彼はクリスチャン。先祖たちが外海から迫害を逃れ、元々仏教の地だったこの地に移住したきたときの、後ろめたく、つらい思いを彼が代弁してくれた。


鯛ノ浦港から長崎港へ

雨がどんどん降ってくるので、当初、鯛ノ浦教会にでも行こうと思っていたが断念し、11:00発の五島産業汽船の高速船「えれがんと」で長崎に早々と戻ることにして鯛ノ浦港へ向かう。


 ▲鯛ノ浦港ターミナルで

鯛ノ浦港から長崎港までの1時間40分が、今回の船旅で一番つらかった。揺れたのだ。長崎に着いてドッと疲れが出た。


昨年は比較的余裕で回れた心癒される旅だった。
 県内の旅4・五島列島
 県内の旅5・優しき島小値賀
 県内の旅6・上五島教会めぐり


今年、献堂100周年を迎えた堂崎教会の資料によると、

五島へ五島へと みな行きたがる 五島やさしや 土地までも」の民謡は、
五島極楽 来てみて地獄 二度と行くまい 五島が島」に歌い変えられたという。

今回の旅は、その意味が少しだけ理解できたような旅であった。
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五島は田尾家のルーツの地なんだよね。富江の田尾というところが多分そうだと思う。
父が五島玉之浦生まれ。祖父まではカトリックだったようで父も洗礼を受けている。多分玉之浦教会かな。祖父が神父さんと喧嘩して、それっきりだという話を聞いたことがある。
「16世紀頃、戸の島(富江)田尾の浜に草野氏の一族、草野永茂がやってきて知行し、その子、純勝は田尾氏を名のって 純勝から3代に渡り外交貿易により一気に勢力を強めた。
その後、五島家に仕え、子孫は五島家重臣として繁栄する。 」参考:富江町郷土史
とあります。
この田尾家の本流の人からメールを頂いた事があり、我が家もその傍流だと勝手に思っています。
富江にあった田尾小学校(廃校)は田尾家の何代目かが作ったそうな。
祖母が亡くなってからは行ってないなあ。大学生の時だから、30年は行ってない。海が奇麗でいいとこなんだけどね。

そりゃまた!
富江といえば、海が泣きたくなるぐらい綺麗な所やんね。
そして玉之浦。日本で一番最後に夕陽が落ちる所。大瀬崎灯台や玉之浦教会にも行ったよ。すばらしく美しい所。
taotao7にはそんな綺麗な血が流れとるとね~~(カウン、イクロー、ここは突っ込むところじゃなかよ[:ワーイ:])
うちの会社の創業時の社長は富江出身よ。全農の会長までなった人。僕もお世話になった。
いろんなつながりがあるんやね。
いつか、taotao7のふるさとを訪ねて、みんなで行きましょう!

あにじゃさん今晩は。
行程を読んだだけで、疲れるよ。
私も、去年、初めて福江へライブの仕事が入って、行ったけど、意外と都会なのでちょっとビックリでした。
五島市内にいる時は、長崎市内にいるのと、全く感覚は同じ。
ただ、ライブが終わった翌日に観光したけど、ガソリンが高いのにビックリだったよ。
堂崎教会へも行ったよ。
静かで厳粛な所でした。
それと、楽器を積んで車で行きましたが、フェリー代が高いのにも、驚き。
五島の人は、意外と生活大変なんじゃないのかな?
そう思いました。

五島は、港の大きさがそのまま町の大きさみたいですね。
ちょっと離れると途端に寂れた漁村になります。もっと行ったら何も無い。でももっともっと行くとキリシタンが隠れ住んだ村が忽然と現れます。
上五島の29の教会はすべて回りました。
ガソリンは日本一高いですよ。多分リッター200円超してます。
離島はどこも大変です。過疎化がどんどん進んでいます。交通の便が悪いし、医者がいない。

大瀬崎灯台は本当に奇麗でしたね。
玉之浦の祖母の家にあった、小型のおんぼろ船を運転して、海から大瀬崎灯台の断崖絶壁へ行き、サザエを取ったことがあります。目の前の断崖と同じぐらいの壁が海の底へ向かって切り立っているのです。何十メーターあるのか分らないけど、4、5メーター潜ったくらいでは、全く底には届きませんが、その時の光景はいまでも忘れません。水が奇麗すぎるために、底の石まではっきりと見えて、空を飛んでいる感じになります。高所恐怖症の人は、怖くなりますよ。目の前の壁の隙間にいるサザエをとるのですが、泳ぎが達者なつもりだった、僕や、弟は自信を打ち砕かれた思いでがあります。
また行きたいね~。

あ~~分かる!!
石垣島で初めて体験ダイビングしたとき、空を飛んでるような感覚を味わった。この世にこんな世界があるんだ。生まれてこの方、海の世界を何も知らなかったんだって感動したのを覚えてるよ。
大瀬崎灯台の写真あったと思う。後で探してどっかにUPするね[:ウィンク:]
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