永井隆博士の思想を語るⅡ

12月7日、長崎市立図書館多目的ホールで「永井隆博士の思想を語る」シリーズの第2回、永井隆による「いけにえ論」についての講演があった。

講師は山内清海師(長崎教区司祭、長崎純心大学・大学院教授)だ。

第1回目「神の摂理」(2008/8/3講演)を聞き逃していたので楽しみにしていた。
早めに着くと第1回目のダイジェストがDVDで流れていたので少し参考になった。

長崎市の名誉市民第一号となった永井博士は、その著書「長崎の鐘」などで知られる医学博士、文学者、平和を求めたクリスチャンだ。

彼は偉大な人物だが、一部批判があり、それは彼の①神の摂理、②いけにえ論、③平和論についての批判に分けられる。

第2回は、そのいけにえ論について
 永井隆が批判されるもうひとつの問題点は、例えば彼の「世界大戦という人類の罪悪の購(あがな)いとして、日本唯一の聖地 浦上が犠牲の祭壇に屠られ燃やされるべき潔き子羊として選ばれたのではないでしょうか」(「長崎の鐘」より)、あるいは被爆して去り行く純心女子学徒たちへの、「燔祭の炎のなかに歌いつつ 白百合おとめ燃えにけるかも」(「この子を残して」より)などと表現されている、いわゆる「いけにえ論」にあります。
 そこで第2回講演では、「旧約聖書のいけにえ」「キリストのいけにえ」そして「わたしたちのいけにえ」の関連を中心に、永井がある意味では誇張的とも思える表現で、真に訴えたかったのは何であったかについて探求したい。(山内晴海記、講演のチラシから抜粋)

彼がいうのいけにえは、単なる犠牲という意味ではなく、旧約、新約を踏まえた宗教的意味合いがある。過去を償い、再び罪を犯してはならないという未来指向の誓いである。

また山内師は教会のミサの意味を説いた。ミサを通して自分自身を「いけにえ」として捧げることだと。

そして、井上ひさしのその著書「ベストセラーの戦後史」での永井批判に反論した。

永井は、信者たちの死は無駄ではなかった、生き残りとして長崎から平和を築こうと言いたかった。いけにえとは、永井個人のあふれ出た信仰の表現であったと。

原子野で、賛美歌を歌いながら死んでいった信者たちのくだりになると、会場からすすり泣きが聞こえた。

以前、僕がブログに「慈悲の聖母」を書いたときから、永井博士の理解が少し進んだ。

次の講演は、来年の1月18日(日)永井隆の平和論についてだが、この日は仕事があって来れない。実行委員会の小畑さんにDVDにしていただこう。

■写真中央と右は図書館内に併設された「救護所メモリアル」。
この図書館を建てる場所にあった新興善小学校(国民学校)はかつて、原子爆弾でけがを負った多くの人々が治療を受けた救護所であった。当時の救護所の様子を再現したものだ。
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