龍馬143年ぶりに何を思う

「百四十三年ぶり 龍馬 奉行所に現れる」
長崎奉行所◆龍馬伝館が盛況だ。

143年ぶりとは慶応3(1867)年以来ということだ。
この年は、龍馬にとって長崎を舞台に八面六臂の活躍をし、日本を大転換させ、そして散った年だ。
清風亭会談、海援隊創設、いろは丸沈没事件、船中八策、薩土盟約、イカルス号事件、大政奉還・・・龍馬暗殺

何という年だろう。「風雲急を告げる」とはこういうことをいうのだろう。

そして龍馬は143年ぶりに長崎に来て、現在の長崎を見てどう思うだろう。
長崎はワシの希望じゃ・・・だったはずなのだが・・・

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▲ランタンに囲まれた坂本龍馬・岩崎弥太郎像
 彫刻家山崎和國氏が制作した坂本龍馬像(長崎市風頭公園、3.0m)、岩崎弥太郎像(長崎市高島町、3.4m)の原型が、龍馬伝館の開館にあわせ1階エントランスホールに登場した。
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テーマ : 長崎
ジャンル : 地域情報

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> おこめさん

そうなんだよね。

現在はメディアを通して結構分かるけどね。
当時はマスコミより口コミが大きかった。

だから龍馬はいろは丸事件のとき「金をとらずに国を取る」という戯れ歌をつくって丸山の遊女に唄わせた。要するに世論を味方につけたわけよね。

さすが龍馬!

当時の庶民は、そんなことちっとも知らずに
いたんでしょうね。
そんな人間がいることも、時代の流れていく方向も。
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