三菱史料館は、まっことええぜよ!

岩崎弥太郎といえば、言わずと知れた三菱財閥の創業者。その三菱の史料が数多く展示されているのが「史料館」だ。

この史料館は、三菱重工長崎造船所【通称「長船」(ながせん)】が日本の近代化に果たした役割を永く後世に伝えようと、27代所長・相川賢太郎氏が昭和60年10月に開設した。

長船の歴史は古く、幕末に遡る。

官営期コーナー
安政4年(1857)飽の浦に長崎鎔鉄所の建設が着手され、文久元年(1861)落成した。建設にあたっては時の長崎海軍伝習所取締永井玄藩頭尚志の建議に端を発し、オランダの協力を得て進められた。特に主任技師オランダ海軍機関将校ハルデスは、工場建設に必要なレンガ作りから指導するなど、さまざまな困難を克服し、わが国では初の本格的な洋式工場を完成した。これが当所の起源であり、わが国重工業の発祥である。


以後、幕府直営から明治維新で官営となり、岩崎家の三菱4社長の経営へと引き継がれていく。
そしてあらゆる分野へ社業を拡大し、あとは皆さんご承知の通り。

門の入口で、写真は史料館の外は撮影していいが、中は禁止といわれたので言われた通りに撮らなかったら、後で分かったことだが、史料館の持ち物は撮影してよかったのだった。
ん~残念。せめて「戦艦武蔵」のミニチュアでも撮りたかったのだが・・・(-_-;)

史料館の詳しい内容は→こちら

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 ▲史料館門。長崎方面から来て、飽の浦バス停で降りたら、来た方向へ50mほどバック

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 ▲長船で現存する建物で一番古い。明治37年7月に鋳物工場併設の「木型場」として建設された。

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 ▲相川賢太郎前所長の史料館開設趣旨。最後の「先輩諸賢の輝かしい偉業を永く後世に伝えんとするものである」という言葉にぐっときた。

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 ▲関西電力(株)尼崎第二発電所1号タービンロータ

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 ▲中国電力(株)小野田発電所3号タービン
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ジャンル : 地域情報

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