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70's Pops(15)1973年7-9月

先月からTOPを続けていた幸せの黄色いリボン/ドーン は、7月第2週になって次のグループに首位を譲ります。


▲マイ・ラヴ/ポール・マッカートニー&ウイングス (1973年7月第2,4週TOP)

ポールが愛妻リンダへの愛を歌った甘いラヴバラードです。ウイングス4枚目のシングルとして3月に発売。イギリスでは6位に留まりましたが、アメリカ・ビルボードでは4週間ランキング第1位となりました。

そしてまた、フレンチポップスの彼が登場します。


▲火の玉ロック/ミッシェル・ポルナレフ (1973年7月第3,5週TOP)

You-Tubeでは見つけきれなかったので、GoogleVideoで。
このころ、日本でのポルナレフ人気は最高潮。6月に2度目の来日公演を果たし、TV番組にも出演します。この曲は前年の東京公演のライブ・レコーディング盤「ポルナレフ・ア・トキオ」からのシングル・カットで、かつてジェリー・リー・ルイスがヒットさせたロックン・ロールのスタンダード・ナンバーです。

そしてまたアメリカの兄妹が登場します。


▲イエスタデイ・ワンス・モア/カーペンターズ (1973年8月第1-9月第4週TOP)

8週連続TOP。日本では100万枚以上のセールス記録を打ち立てます。アメリカ・ビルボードでも、2位。日本とイギリスでのカーペンターズ最大のヒット曲となりました。

そしてまたウイングスがこの曲でTOPとなり、この期を締めくくります。


▲007死ぬのは奴らだ/ポール・マッカートニー&ウイングス (1973年9月第5週-10月第3週TOP)

ご存知映画「007死ぬのは奴らだ」の主題歌。4週連続TOPを続けます。

こうやってみると、この頃はカーペンターズとポルナレフとウイングスが三つどもえでTOPを取り合っていたという状態ですね。



さて、今回のリンデンピックアップは、こんなんでいかがでしょう?


▲あまい囁き/ダリダ/アラン・ドロン


▲迷信/スティービー・ワンダー

そんな時代でした。ではまた(^^)/~ (16)1973年10-12月

テーマ : 思い出の音楽
ジャンル : 音楽

70's Pops(14)1973年4-6月

うつろな愛/カーリー・サイモン」が2週連続TOPをとった後、フレンチポップスの彼がまたTOPに躍り出ます。


▲忘れじのグローリア/ミッシェル・ポルナレフ (1973年4月第2-5週TOP)

この曲は4週連続TOPとなりました。この動画、面白いでしょ?この曲がヒットしていたころ、邦楽は何がヒットしていたのかが分かります(笑)

そして、70'sヒットチャート常連の兄妹がまた、次の曲をヒットさせます。


▲シング/カーペンターズ (1973年5月第1週-6月第1週TOP)

これは5週連続TOPとなります。この動画は74年の日本公演の模様です。途中からはリチャードが当時の海外公演のことを説明してくれています。この時期、彼らは本当に世界中を飛び回っていたんですね。そしてそのことが彼ら自身を破壊していく原因にもなるのですね・・・

さ、次はアメリカのポップスグループが一躍有名になりました。


▲幸せの黄色いリボン/ドーン (1973年6月第2週-7月第1週TOP)

この動画の説明には、映画「幸福の黄色いハンカチ」との関連性が深いので訳詞や画像を使ったとありますが、実際、77年に公開された「幸福の黄色いハンカチ」は、原作はピート・ハミル 「黄色いリボン」と公式にクレジットされています。

ちなみにそのピート・ハミルは、この歌「幸せの黄色いリボン」は自分が書いたコラム「ニューヨーク・スケッチブック」が元になっていると提訴したことがあるのですが、彼のコラムより前に書かれた文献を証拠として提出されたことで、彼の請求は結局棄却されたというエピソードがあります。

ま、いずれにしろいい話であることに違いはありませんね(笑)

この曲は4週連続TOPとなりました。アメリカでは「トニー・オーランド&ドーン」という名前で、ビルボードでもTOPと大ヒットしました。
日本ではこのブログでは紹介がそびれましたが、71年にヒットした「ノックは3回」が記憶に新しいところですね。



今回のリンデンピックアップは、


▲やさしく歌って/ロバータ・フラック

この曲のオリジナルは、ロリ・リーバーマンが72年にリリースしたもの。この曲をロバータ・フラックが飛行機内のBGMで偶然聴いて気に入り、歌ったら大ヒットとなりました。5週連続ビルボード1位を獲得し、グラミー賞を受賞しました。

日本ではネス・カフェのCMに使われ有名になりました。いい曲ですね。

そんな時代でした。ではまた(^^)/~ (15)1973年7-9月

テーマ : 思い出の音楽
ジャンル : 音楽

70's Pops(13)1973年1-3月

1973年は、1/27にパリでベトナム和平協定調印(3/29米軍撤退完了)、7/20にドバイ日航機ハイジャック事件、8/8に金大中事件、11/29に大洋デパート火災が起きました。

日本歌謡界は、アイドル歌手全盛時代、新三人娘(小柳ルミ子・南沙織・天地真理)、新御三家(郷ひろみ、西城秀樹、野口五郎)の活躍、花の中三トリオ(森昌子・桜田淳子・山口百恵)やキャンディーズのデビュー、日本レコード大賞は、夜空/五木ひろしという時代。

ちなみに米アカデミー賞は「スティング」。

僕は4月から高3、18歳になる年、大学に入れば手工ギターを買ってやるという"エサ"につられて、受験勉強を秋から頑張りました。一応ね(^^ゞ

そんな年のポップス・ヒットチャートを追ってみましょう。

まずは、「愛の休日/ミッシェル・ポルナレフ」の昨年からのヒットが年を越しても続きます。1月2週まで7週連続のTOPとなりました。

その座を奪い、曲名通りTOPに立ったのは、


▲トップ・オブ・ザ・ワールド/カーペンターズ (1973年1月第3-2月第1週TOP)

4週連続TOPを取ります。全米でもナンバー1。正に世界の頂点に立ったカーペンターズでした。

その座を奪ったのは、イギリスのグラムロック・バンドでした。


▲イージー・アクション/T.レックス (1973年2月第2-3月第1週TOP)

グラムロックとは、ハードロックやプログレッシブロックとは違い、中性的なファッションや振る舞いを施し、単純で原始的なビートやキャッチーなサウンドが特徴。ま、要するにご覧のようなロックということ(笑)

4週連続TOPを取りますが、その後に出てきたのが、イギリスのシンガーソングライター。


▲カリフォルニアの青い空/アルバート・ハモンド (1973年3月第2-3週TOP)

ロンドン生まれ、ジブラルタル育ち、70年代にアメリカに移住し、この曲が大ヒットしました。彼は作曲者としても活躍し、僕の好きなカーペンターズの「青春の輝き」も彼の作曲です。

彼の次に出てきたのは、アメリカの女性シンガーソングライターでした。


▲うつろな愛/カーリー・サイモン (1973年3月第4-4月第1週TOP)

彼女はニューヨーク出身の裕福な家庭に育ち、64年に姉とフォークデュオのサイモン・シスターズを結成。71年にソロデビューし「幸福のノクターン」がヒットし、その年のグラミー賞最優秀新人賞を受賞しました。
この曲には、ミック・ジャガーとポール・マッカートニーがバックボーカルで参加しています。全米1位の大ヒットとなりました。



リンデンピックアップは、天国の King of Pop に捧げます。


▲ベンのテーマ/マイケル・ジャクソン

マイケルが14歳の72年に発表した2ndソロアルバム。ビルボード1位を獲得しました。映画「ベン」のテーマです。

そんな時代でした。ではまた(^^)/~ (14)1973年4-6月

テーマ : 思い出の音楽
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70's Pops(12)1972年10-12月

10-12月はTOPが目まぐるしく変わります。

まずはフランスの国民的歌手の登場です。


▲渚の想い出/ミッシェル・ポルナレフ (1972年10月第1週TOP)

71年に大ヒットした「シェリーに口づけ」に続き、「愛の願い」「哀しみの終わるとき」「愛のコレクション」とヒットしましたが、TOPになったのはこの曲でした。

音楽家の父、ダンサーの母の間に生まれた彼は、クラシックの教育を受け、かのコンセルバトワールのクラス第一位になるまでになりましたが、プレスリーのロックに触れ、クラシックの情熱が冷めてしまいます。
その後、兵役、就職、家出、放浪し、パリに戻ってレコードデビューしたのは64年のことでした。

大きなサングラスがトレードマークの彼ですが、「愛の願い」などに見られる通り、ピアノの腕が素晴らしいのと、意外と真面目な顔付きなのが分かりますね。

次は、お馴染みのアメリカの3匹の犬たちの登場です。


▲ブラック・アンド・ホワイト/スリー・ドッグ・ナイト (1972年10月第2週TOP)

この曲名の通り、アメリカの人種差別問題を取り上げた曲です。
♪白い紙と黒いインクで 僕らは読み書きを覚える
  黒い子供もいれば 白い子供もいて
   だからこそ この世界は美しい
と歌います。

マイケルの「ブラック・オア・ホワイト」を彷彿させますね。

次は、アイルランド出身のシンガーソングライターの登場です。


▲アローン・アゲイン/ギルバート・オサリヴァン (1972年10月第3-5週TOP)

この曲はリリースされると米ビルボード6週連続1位となるなど世界的大ヒットとなりました。
軽快な曲ですが、詩は重たい内容です。→歌詞
しかし今でも色あせない名曲ですね。よくCMに使われています。

次は、アメリカのブラスロックバンドの登場です。


▲サタデイ・イン・ザ・パーク/シカゴ (1972年11月第1週TOP)

この曲は、ピアノとボーカルのロバート・ラムが、セントラルパークでのコンサートにインスピレーションを得て書いた曲。これも日本ではテレビやCMによく使われています。

次は、イギリスの二人組です。


▲秋はひとりぼっち/ヴィグラスとオズボーン (1972年11月第2-3週TOP)

素敵な曲ですね。最後はこの人の再登場です。


▲愛の休日/ミッシェル・ポルナレフ (1972年11月第4-1月2週TOP)

何とこの曲は7週連続TOPを続け「シェリーに口づけ」を超える最大のヒットとなります。そして11月に待望の来日公演を果たします。この成功で彼はその後も来日することとなります。



今回のリンデンピックアップは、ちょっと趣向を変えて


▲ポップコーン/ホット・バター

これはモーグ・シンセサイザーという楽器を使った曲で、世界的ヒットとなりました。これもよくCMに使用されました。それだけ個性的で注意を引く曲だということですね。

そんな時代でした。ではまた(^^)/~(13)1973年1-3月

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70's Pops(11)1972年7-9月

7月の第2週まで名前のない馬/アメリカがTOPを続けますが、そのTOPを奪ったのは、


▲サムデイ・ネバー・カムズ/クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル (1972年7月第3-4週TOP)

69年から70年にかけ数々のヒット曲を出したCCRでしたが、ジョン・フォガティに注目が集まり過ぎ、メンバーの仲がぎくしゃくし72年に解散します。この曲はCCR最後のシングルで、最後のヒットとなりました。

そして7/15、あの映画が公開され、そのテーマ曲と同時に大ヒットします。


▲ゴッドファーザー愛のテーマ/アンディ・ウィリアムス (1972年7月第5週-9月第4週TOP)

ある愛の詩」に続き、この手の歌を歌わせたら彼の独壇場ですね。
僕は有名な映画音楽はほとんど彼のアルバムで覚えました。サントラ版はこれです。


▲ゴッドファーザー愛のテーマ/オリジナル・サウンドトラック

何とこの曲は7月の終わりから9月の終わりまで9週連続のTOPとなります。
作曲は、イタリアのニーノ・ロータ。本来はクラシック音楽の作曲家なのですが、フェデリコ・フェリーニに出会い、彼の映画音楽を担当するようになりました。

この曲は、日本では尾崎紀世彦もカバーし、暴走族までこの曲を鳴らしました。車のミュージックホーンで(@_@)



今回のリンデンピックアップは、


▲ダイスをころがせ/ローリング・ストーンズ

このグループのことをどっかで書いとかなきゃですね。
63年にデビューし、ビートルズと対照的に悪ガキのイメージを持つ(セールス戦略でもあった)ストーンズ。数々のヒット曲を持つロックの代名詞的存在です。現在まで活動を続け、全世界でのアルバムの総売り上げは2億万枚を超すそうです。

そんな時代でした。ではまた(^^)/~ (12)1972年10-12月

テーマ : 思い出の音楽
ジャンル : 音楽

70's Pops(10)1972年4-6月

4月から6月は次の4曲が征します。

まずはこの曲が2週連続TOPを取ります。


▲デイ・アフター・デイ/バッドフィンガー (1972年4月第1-2週TOP)

アップルレコードに所属していた彼らは「ビートルズの弟分」として彼らの演奏や映画に加わっていました。この曲は、71年にリリースした3枚目のアルバム「ストレート・アップ」に収録された曲。プロデュースにはジョージ・ハリスンも加わっています。そう言われれば何となくビートルズっぽいアレンジですよね。

3-4週は次の曲が征しました。


▲愛するハーモニー/ザ・ニュー・シーカーズ (1972年4月第3-4週TOP)

あ、聞いたことある!でしょ?この曲「愛するハーモニー」は、コカ・コーラのキャンペーン・ソングとして使用され、全世界で大ヒットしました。日本でも30万枚近い売り上げを記録しました。

ニュー・シーカーズは、「ジョージー・ガール」「恋はたったひとつ」「涙のカーニバル」などのヒットで知られるオーストラリア出身のポップ・フォーク・グループ、ザ・シーカーズのメンバーだったキース・ポトガーが69年に結成したグループです。

5月に入ると、かの有名なシンガーが登場します。


▲母と子の絆/ポール・サイモン (1972年5月第1-6月1週TOP)

志向する音楽の違いなどからサイモン&ガーファンクルは70年に解散してしまいますが、ソロ活動に入ったサイモンが最初に出したアルバム「ポール・サイモン」の1曲目です。ジャマイカで録音したというレゲエ曲です。彼は新たな創造性を模索するスタイルをその後も続けます。この曲は6週連続TOPを取る大ヒットとなりました。

6月第2週になって出てきたのは驚異的なデビューをした3人組でした。


▲名前のない馬/アメリカ (1972年6月第2-7月第2週TOP)

71年にロンドンでデビューしたアメリカンスクール仲間の3人組。デビューアルバム「アメリカ」はヒットしなかったが、72年この曲をシングルで出すと大ヒット。全米1位となり、作ったアルバムがまたミリオンセラー、この年のグラミー賞の最優秀新人賞を受賞しました。



さて、今回のリンデンピックアップは、


▲ママに捧げる詩/ニール・リード

二ール・リードはイギリスの11歳の少年。その歌唱力で大ヒットしました。彼のあどけない歌うシーンを観たい方は→こちら

お母さんが恋しくなりますね。彼は残念ながら大成せず芸能界を引退します。

そんな時代でした。ではまた(^^)/~ (11)1972年7-9月

テーマ : 思い出の音楽
ジャンル : 音楽

70's Pops(9)1972年1-3月

1972年は、1月に元日本兵・横井正一さんがグアムで発見され(1/24)、2月には札幌オリンピック(2/3-13)で日本中が湧き、あさま山荘事件(2/19)が起こるという騒がしい年明けとなります。9月には田中角栄が訪中し、日中国交回復を成し遂げます。

日本歌謡界は、拓郎の「結婚しようよ」「旅の宿」がヒット、ぴんからトリオの「女のみち」が年間ヒットチャート第1位、日本レコード大賞はちあきなおみの「喝采」という年でした。

僕は4月から高2。1年間独学で学んだクラシックギターの腕試しを兼ねて、高校のギター部に入部した年でした。

そんな72年のポップスヒットチャートは、1月第1週から第3週まで、またしてもマミー・ブルー/ポップ・トップスがTOPを取ります。No more Oh mamy blue~(笑)

そしてこんな個性的な曲が登場し、TOPが入れ替わります。


▲悲しきジプシー/シェール (1972年1月第4週TOP)

シェールは、チェロキー・インディアンの血をひくハリウッド女優の母を持つ歌手であり女優。後日、アカデミー賞(87年「月の輝く夜に」)とグラミー賞(98年「Believe」)と、映画と音楽の最高賞を手中に収めます。

この曲(原題は、Gypsys , Tramps & Thieves)はアメリカのジプシーを歌った非常に珍しい曲。ちなみにサビの部分の和訳を紹介しましょう。
♪ジプシー 浮浪者 こそ泥ども(←原題)/町の人からよく聞いたわ/私たちをそう呼んでた
  ジプシー 浮浪者 こそ泥ども/そのくせ毎晩男たちがやって来て/金を落としていった

しかしTOPもわずか1週。そのTOPを奪ったのはあのブラスロックの先駆者でした。


▲クエスチョンズ67&68/シカゴ (1972年1月第5週TOP)

先日紹介した世界的ヒット「長い夜」(70年)が記憶に新しいシカゴですが、この曲はシカゴの69年のデビューシングルだったのがヒットせず、この3度目のリリースで爆発的ヒットとなりました。この映像は72年6月7,8日に日本武道館で行われた日本公演のもの。貴重な映像ですね!

このシカゴも1週でTOP交代。3匹の犬が奪います。


▲オールド・ファッションド・ラヴ・ソング/スリー・ドッグ・ナイト (1972年2月第1-4週TOP)

素敵な曲ですね。カーペンターズ「愛のプレリュード」などを作曲したポール・ウィリアムスの作詞・作曲です。
3匹の犬(笑)と4人のバックバンドからなる彼らは数々のヒット曲を生み出しますが、76年にヴォーカルのダニーが脱退、チャックが麻薬不法所持で逮捕されるといった事件が発生し、バンドは一旦解散、その後メンバーを変えて再結成され現在も活動しています。→公式HP

これは2月の4週ともTOPを維持しますが、このスウェーデンの2人に追われます。


▲木枯しの少女/ビョルン&ベニー (1972年3月第1-4週TOP)

ビョルン&ベニー?聞いたことないとお思いのあなた。ABBAは知ってるでしょ?彼らはABBAの前身なんです。ABBAはアグネッタ、ビョルン、ベニー、アンニ=フリーダの頭文字を並べたもの。
このシングルは、50万枚を売り上げる大ヒットとなりました。



今回のリンデンピックアップは、


▲イマジン/ジョン・レノン

この期、マミー・ブルーの下で2位に甘んじていたのですが、その後の全世界に与えた影響など考えると取り上げない訳にはいかないでしょう。説明も要りませんよね。


▲スィート・キャロラィン/ニール・ダイアモンド

懐かしいでしょ?彼は甘いマスクのイケメンですが、僕は何といってもエルビスが歌うこの曲が印象的でした。♪スィートキャロライン~の後のチャッチャッチャ~!の振りが何と言ってもカッコよかったぁ~~(^^)v これです→エルビス版

そんな時代でした。ではまた(^O^)/~ (10)1972年4-6月

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70's Pops(8)1971年10-12月

71年秋から年末にかけ、各国のスーパースターたちが次々と登場します。

10月第2週にTOPとなったのは、フレンチポップスのスーパースターです。


▲シェリーに口づけ/ミッシェル・ポルナレフ (1971年10月第2-11月第3週TOP)

この曲は6週連続TOPを続け、40万枚の大ヒットとなりました。彼はこの曲が日本における実質的デビューとなりました。

その後、イギリスのスーパースター、この人が登場します。


▲イエス・イッツ・ミー/エルトン・ジョン  (1971年11月第4週TOP)

エルトン・ジョンは、69年にソロ・デビュー、70年の「僕の歌は君の歌(Your Song)」のヒット以降コンスタントに活動を続け、現在までに全世界で2億枚以上のレコード・セールスを記録した、世界で最も成功した男性ソロ・アーティストの一人と言われます。

しかしこの曲もたった1週で交代します。今度はアメリカのスーパースター、曲もスーパースターです。


▲スーパースター/カーペンターズ (1971年11月第5週-12月第1週TOP)

言うまでもなくこの70年代を通してヒットチャートの常連となる彼ら。71年は「ふたりの誓い」「雨の日と月曜日」そしてこの曲。兄妹はこの年、70年に続いてグラミー賞を受賞します。

そしてスーパースターたちの勢いを止めたのは、スペインの7人組でした。


▲マミー・ブルー/ポップ・トップス (1971年12月第2-3週)

この曲は世界的なヒットとなりました。
♪オーマミ~、オーマミマミ~ブル~、オーマミ~ブル~のリフレインが耳から離れなくなりますね(笑)

そしてこの年の最後の週を締めくくったのは、何と半年ぶりにTOPの座に返り咲いたこの曲でした。


▲ある愛の詩/アンディ・ウィリアムス (1971年12月第4週TOP)

今回はステージヴァージョンでお送りしましょう。何度聴いてもいいですね。あの雪の名シーンを思い出して、この季節にリバイバルヒットしたのでしょうか。



今回のリンデンピックアップは、


▲黒い炎/チェイス

彼らはアメリカのブラス・ロックバンド。この年デビューし、この曲の大ヒットにより、シカゴ、ブラッド・スウェット&ティアーズに続くブラス・ロックの旗手として名を上げました。ブラスといってもトランペット4本。鋭い高音がカッコイイですね。

ファーストアルバム「CHASE」が、1971年の全米年間ヒットチャート1位を獲得するという快挙を成し遂げますが、家庭の事情などでメンバーが離脱。結成2年を待たずして解散してしまいます。

そんな時代でした。ではまた(^^)/~ (9)1972年1-3月

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70's Pops(7)1971年7-9月

7月第1週のTOPはこの軽快な曲でした。


▲サインはピース/オーシャン (1971年7月第1-3週TOP)

この曲は3週連続TOPとなります。原題は、Put your hand in the hand。よく聞いてみると、By puttin'n your hand in the hand of the Man From the Galilee. ガリラヤから来た男、そうですイエス・キリストのことを歌った曲です。要はゴスペルですが、ボーカルのジャニス・モーガンのさわやかな声がフォークっぽくてヒットしました。後日、エルヴィス・プレスリーアン・マレーエンゲルト・フンパーディンクらがカバーします。←それぞれの名前をクリックしてみてください。


▲サマー・クリエイション/ジョーン・シェパード (1971年7月4週-8月3週TOP)

こんな曲覚えてました?そうMAX FACTORのCMに起用され大ヒットした曲です。ジョーン・シェパードという名前に反応した方もいらっしゃるでしょう。あの演歌歌手・千昌夫と結婚した金髪の美女です。若い頃はグレンミラー楽団の専属歌手をしていたこともある実力派歌手なんです。

この曲は4週連続TOPをとりますが、どんどん上がって来た次の曲にTOPの座を譲ります。


▲メロディ・フェア/ザ・ビー・ジーズ (1971年8月第4-9月第3週TOP)

映画「小さな恋のメロディ」の主題歌。公開と同時に大ヒット。主演はマーク・レスターとトレーシー・ハイドでした。トロッコを二人で走らせるシーンが印象的でしたね。

ビー・ジーズについてはもう語る必要はないでしょう。バリー、ロビン、モーリス(2003年没)のギブ三兄弟。英国生まれですが、父の仕事でオーストラリアに移住し、小遣い稼ぎで歌うようになりました。73年からアメリカを中心に活動します。現在でも活動しています。→ワーナーHP

この曲は5週TOPを続けます。そして、次の曲にTOPを譲ります。


▲恋のかけひき/ハミルトン、ジョー・フランク&レイノルズ (1971年9月第4週-10月第1週TOP)

ハミルトンとジョー・フランクとレイノルズという3人のグループです。原題 Fallin' in Love は全米でもTOPを記録します。ブラスが入ったご機嫌な曲ですね。こういうサウンドを「ダンヒル・サウンド」というそうですよ。



さて、今回のリンデンピックアップは、


▲薔薇のことづけ/ジリオラ・チンクェッティ

ジリオラ・チンクェッティという名前、覚えてますか?チンクェッティといえば、イタリアのサンレモ音楽祭の常連。「夢見る想い(64年)」「愛は限りなく(66年)」で優勝、「(69年)」で入賞など何度も参加しています。このビデオも71年のサンレモ音楽祭のときのものです。

そんな時代でした。ではまた(^^)/~ (8)1971年10-12月

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70's Pops(6)1971年4-6月

雨を見たかい/CCRは、5週連続TOPを続けます。

その後、こんな楽しい曲がTOPを飾ります。


▲ハロー・リバプール/カプリコーン (1971年4月第3、5月第1週TOP)

リバプールに行きたくなりましたか?(^^)v
この曲は、英国BBC・TVのミュージカル「ライム・ストリート行の電車はない」の主題歌として作られ、ファンの強い要望でシングル化されました。

この曲と次の曲とは、1週ごとにTOPが入れ替わります。


▲ある愛の詩/アンディ・ウィリアムス(フランシス・レイ楽団)(1971年4月第4、5月第2、第4、第5、6月第1、第3週TOP)

この映画「ある愛の詩」は、愛のあの字も知らぬ僕らにとってバイブルとなりました。
愛の意味を考え、次のセリフを必死に覚えたものです。入試問題に出ればスラスラと書けたことでしょう。

Love means never having to say you're sorry.
愛とは決して後悔しないこと(とパンフでは和訳されていました)

あの感動をふたたび抱きたい方、この映画のラスト10分をご覧ください→Love Story
時間がない方は、06:56に例のセリフが、07:30にエンディングが流れます。痒いところに手が届くでしょ(^^)v

そして、あの偉大なる男が帰ってきます。


▲アナザー・デイ/ポール・マッカートニー (1971年5月第3週、6月第2週TOP)

ビートルズ解散後初めてのポールのソロシングルです。この頃、ポールとジョンとの仲は最悪だったようです。
そんなこと書きたくありませんがね。

この「アナザーデイ」と「ある愛の詩」がまたデッドヒートを繰り広げます。

そして次のアメリカの7人グループがこの期を締めくくります。


▲喜びの世界/スリー・ドッグ・ナイト (1971年6月第4週TOP)

バンド名は「アボリジニが寒さの厳しい夜に3匹の犬と寝る」という風習にちなんでいるとか。



さて、今回のリンデンピックアップ!


▲ローズ・ガーデン/リン・アンダーソン

♪I beg your pardon? いい曲ですね。でも上記3曲のデッドヒートの陰で3位止まりでした。彼女はこの曲でグラミー賞を受賞しています。南沙織の「17才」はこの歌が元歌だとか?

もういっちょ!


▲ナオミの夢/ヘドバとダビデ

イスラエルのデュオ。ヘドバが女性。「雨を見たかい」に続いていつも2位でした。この曲は彼らが、1970年、第1回東京国際歌謡音楽祭にイスラエル代表として出場し、グランプリを受賞した曲。しかし残念ながら1970年代後半に解散してしまいます。ヘドバは現役で活躍しています。

そんな時代でした。ではまた(^^)/~ (7)1971年7-9月

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Author:リンデン
リンデンの長崎ケルンへようこそ!

長崎には「墓・坂・馬鹿」が多いと揶揄されますが、「先人(歴史・文化)を敬うハカ・人の苦労(斜面都市・殉教・被爆)を知るサカ・自らを捨て人に尽くす(まつり・地域活動・平和運動)バカ」のことだと解釈し、このハカサカバカ精神で行動しながら、ケルン(記事)を積んでいます。

あなたもよかったら、ケルン(コメント)を積んでいってくださいね。

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